あなたを待ち、嫁ぐ日を夢見る第2話
第2話は約1,821文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
碓氷父は檀木の机を一発叩き、怒りを抑えきれずに叫んだ。
「お前、正気か?!」
「私はあんたの唯一の娘よ。全財産を私に譲ったって、何がいけないの?」
侑里は冷ややかに言い放った。
碓氷父の顔色は最悪だったが、結局は歯を食いしばって頷いた。
理人に嫁いで、侑里が一ヶ月も生き延びられたら奇跡だと考えたのだ。
死んだ後に、碓氷家の資産を回収すれば済む話だと。
「いいだろう、約束しよう」碓氷父は言った。
「だが、お前の執事は坂下家に連れていくな。坂下さんが不機嫌になると困るからな」
碓氷父は、侑里がきっと反発すると考えていた。
家族の誰もが知っている。
侑里が最も執着していたのは、あの容姿端麗で万能な執事・新城白夜なのだ。
しかし、侑里は一切騒がず、平然とした表情で言った。
「好きにして。もういらないから」
彼女が一番憎んでいたのは、凪だった。
凪を好きになる人間なんて、たとえ心が引き裂かれるような痛みがあっても、自分の中から徹底的に切り捨ててやる。
父の書斎を出たあと、侑里はまっすぐバーへ向かった。
だが思いがけず、そこには凪と彼女の女友達もいた。
「お姉ちゃん、奇遇だね」
凪はすぐに立ち上がり、遠慮がちな様子で言った。
「こっちに一緒に座ろうよ」
「お父さんとお母さんがお小遣いをあまりくれなかったんでしょ?今日は友達の誕生日で、彼女が奢ってくれるから、何でも好きなもの頼んでいいよ、お金はいらないから」
一見すると気遣いに見えるが、その実、言葉の端々で侑里を「金がないケチな人」だと皮肉っていた。
侑里は冷たく笑い、次の瞬間、声を張り上げた。
「今日は私が機嫌いいからね。この場にいる全員の飲み物、凪のテーブル以外は全部私が奢るわ!」
その言葉に、店内は歓声と拍手で湧き上がった。
「碓氷お嬢様、かっこいい!」
「さすが本物のお嬢様、器が違う!」
......
だがちょうどそのとき、白夜が店に入ってきた。
彼は、侑里が全員に奢るが「凪のテーブルだけ除く」と宣言したのを、ちょうど聞いてしまった。
男は眉を少しひそめ、侑里を横目で見た。
その目には、隠しきれない嫌悪の色が浮かんでいた。
彼は携帯を取り出し、どこかへ電話をかけた。
しばらくすると、バーの店主が現れ、こう告げた。
「皆さま、申し訳ありません。本日は新城様が店を貸し切りました。すべての酒類は、凪お嬢様にご提供いたします!」
場内は再び熱狂に包まれた。
「新城様って、あの女性に興味のないと噂の『帝都の仏子』?」
「そう、それでいて坂下様と並ぶ存在。一人は帝都の財閥、一人は沿海の支配者」
「でも興味ないのに、女に心を動かすなんて......」
「偽令嬢でも、新城様と結ばれたら本物になる。本物の令嬢だって、頭を下げるしかないね」
周囲のささやきに、凪の顔には誇らしげな笑みが浮かんだ。
彼女は頬を赤らめながら立ち上がり、甘えた声で言った。
「新城様が貸し切ってくださったので、皆さん、思いっきり飲んでください」
そして、わざと少し間を置いてから、侑里に顔を向け、にっこりと笑って言った。
「お姉ちゃんも遠慮せず飲んでね。私は誰に対しても平等だから」
その一言で、また賞賛の声が上がった。
皆が凪の優しさを褒め称え、陰では侑里を「器の小さい令嬢」と嘲っていた。
「そうよ、私は器が小さいの」侑里は歯を食いしばって言った。
「でも、他人の施しなんて受けない。私のものは私が取る。私のものでないなら、タダでもいらない」
そう言い残して、侑里は踵を返し、別のバーへ向かった。
まさか凪が追いかけてくるとは思っていなかった。
彼女は潤んだ大きな瞳をパチパチと瞬かせ、白夜の前でいじらしく言った。
「白夜さん、止めないで。私はお姉ちゃんに謝りたいの。きっとまた誤解されちゃってる......」
「他意なんてなかったの。ただ、お姉ちゃんと仲良くなりたいだけなの......」
そう言いながら、彼女の大きな瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
それを見た白夜は心を痛めたようで、声を和らげて彼女を慰めた。
「凪様、謝らないでください。あなたは何も悪くありません」
「悪いのは他にいますから」
心臓に無数の針を突き立てられたような痛みが走る。
侑里は顔を背け、あの二人がいちゃつく姿など見たくなかった。
彼女はダンスフロアの中央で激しく踊り、ウェイターに差し出されたブランデーを一気に飲み干した。
だがそのとき、
彼女のグラスに、誰かがこっそりと何かを混ぜていることには、まったく気づいていなかった......