さよなら、もう二度と会わない人第1話
第1話は約3,092文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
私・藤原琴音(ふじわら ことね)の親友、白河紗良(しらかわ さら)は、結婚式の当日、新郎に逃げられた。泣き崩れた紗良は、私の婚約者である長谷川玲司(はせがわ れいじ)にすがりついた。
玲司は、私をなだめるように言った。
「琴音、俺と紗良は小さい頃からの付き合いだろ。今さらどうこうなるような仲じゃないよ。今日は本当に、形だけだから。それに、俺たちも来週には式を挙げるんだ。少し早いリハーサルだと思えばいい」
紗良があまりにも気の毒で、私は唇を噛みしめながらうなずいた。
そして、本来なら新郎側のアッシャーとして式に出るはずだった恋人が、親友の「新郎」として祭壇に立つのを、この目で見届けることになった。
式のあいだ、玲司は紗良の手を取り、彼女を見つめていた。その眼差しには、愛しさがあふれていた。
司会者に誓いの言葉を求められたとき、彼の返事は、私にプロポーズしたときよりもずっと迷いがなかった。
私は必死に自分へ言い聞かせた。
これは芝居。ただの芝居。本気にしちゃだめ。
けれど、二人が指輪を交換し終え、司会者が笑顔で「それでは新郎から新婦へ、誓いのキスを」と告げた、その瞬間。
会場中が一斉に沸き、二人をはやし立てた。
紗良は頬を赤らめながら、私に言った。
「琴音ちゃん、大丈夫。ちゃんと角度でごまかすから」
私は、その言葉を信じた。
けれど次の瞬間、玲司は紗良の顎をそっと持ち上げ、参列者全員の前で、深く口づけた。
* * *
私・藤原琴音(ふじわら ことね)の親友、白河紗良(しらかわ さら)は、結婚式の当日、新郎に逃げられた。泣き崩れた紗良は、私の婚約者である長谷川玲司(はせがわ れいじ)にすがりついた。
玲司は、私をなだめるように言った。
「琴音、俺と紗良は小さい頃からの付き合いだろ。今さらどうこうなるような仲じゃないよ。今日は本当に、形だけだから。それに、俺たちも来週には式を挙げるんだ。少し早いリハーサルだと思えばいい」
紗良があまりにも気の毒で、私は唇を噛みしめながらうなずいた。
そして、本来なら新郎側のアッシャーとして式に出るはずだった恋人が、親友の「新郎」として祭壇に立つのを、この目で見届けることになった。
式のあいだ、玲司は紗良の手を取り、彼女を見つめていた。その眼差しには、愛しさがあふれていた。
司会者に誓いの言葉を求められたとき、彼の返事は、私にプロポーズしたときよりもずっと迷いがなかった。
私は必死に自分へ言い聞かせた。
これは芝居。ただの芝居。本気にしちゃだめ。
けれど、二人が指輪を交換し終え、司会者が笑顔で「それでは新郎から新婦へ、誓いのキスを」と告げた、その瞬間。
会場中が一斉に沸き、二人をはやし立てた。
紗良は頬を赤らめながら、私に言った。
「琴音ちゃん、大丈夫。ちゃんと角度でごまかすから」
私は、その言葉を信じた。
けれど次の瞬間、玲司は紗良の顎をそっと持ち上げ、参列者全員の前で、深く口づけた。
彼が唇を重ねたその瞬間、会場は沸き上がった。
角度でごまかしたわけでも、軽く触れただけでもない。唇と舌を絡め合う、濃密なキスだった。
私はその場に凍りつき、顔から血の気が引いていった。
隣にいたブライズメイドの一人が、小声で私に言った。
「うそ……あの二人、本当に演技なの?ちょっと入り込みすぎじゃない?」
そうだ。入り込みすぎていた。
私には、二人こそが本物の恋人同士に見えるほどに。
客席からは割れんばかりの拍手が起こり、誰かが「もう一回!」とはやし立てた。
紗良は玲司を押しのけ、顔を赤くして私を見た。
彼女が何か言おうとした瞬間、玲司はその肩を押さえ、再び唇を重ねた。
私はブライズメイドのドレスをまとい、花束を抱えた自分の姿に目を落とし、涙がこぼれそうになった。
長すぎるキスがようやく終わった。
紗良はすぐに私のもとへ来た。
「琴音ちゃん、ごめんね。私、本当に知らなくて……」
言い終える前に、玲司が彼女の手首をつかみ、さっと自分の背後へかばった。
「琴音、ただの演技だろ。しかもお前が自分でうなずいたんだ。紗良を責めるのは違う」
彼はあまりにも堂々としていて、まるで私のほうが分からず屋みたいだった。
紗良が横から説明した。
「琴音ちゃん、私と玲司は本当に何もないの。彼が一番大事にしているのはあなたよ」
私を大事にしている?
私が傷つくと分かっていながら、私の目の前でほかの女にキスしたくせに。
私はドレスの裾を持ち上げ、怒りのままに式場を飛び出した。
いつもの玲司なら、必ず追いかけてきて、私をなだめてくれたはずだった。
けれど今日は、冷たい風の中で私が三十分近く泣いても、彼は来なかった。
目尻の涙を拭い、私は披露宴会場へ戻った。
廊下を通りかかったとき、控え室の扉が少しだけ開いていて、中からかすかな物音が聞こえた。
私は全身を撃ち抜かれたように動けなくなった。
控え室のソファの上で、玲司と紗良が乱れた服のまま絡み合っていた。
紗良のドレスは腰までたくし上げられ、甘く湿った吐息が途切れ途切れに響いていた。
紗良は甘えるように怒り、彼の頬を平手で打った。
「玲司、正気なの?琴音ちゃんに見つかったらどうするのよ」
けれど玲司は焦るどころか、悪びれもせず、喉の奥で低く笑った。
「紗良、俺たち、もう二年もこうしてきたんだぞ。ばれるなら、とっくにばれてる」
彼は彼女の腰に手を回し、強引に引き寄せた。
「それに、さっき籍を入れたばかりだろ。自分の妻を抱いて、何が悪い?」
二年も?籍を入れた?
一瞬で全身から血の気が引き、息の仕方さえ分からなくなった。
紗良はもう抵抗せず、むしろ彼にさらに身を寄せた。
「赤ちゃんができてなかったら、あなたなんかと籍を入れるわけないじゃない。来週には琴音ちゃんと結婚式を挙げるんでしょう?ちゃんと考えてるの?」
爪が深く手のひらに食い込んだ。私はこぼれ落ちそうな涙を必死にこらえた。
彼女のお腹の子は、玲司の子なの?
玲司は彼女を抱き寄せ、今まで私に向けたことのないほど優しい眼差しをしていた。
「そのときは、それらしい書類を見せておけばいい。琴音は俺を信じきってるから、疑いもしない。たとえ彼女と式を挙げたって、だから何だ?俺の心も体も、ずっとお前のものだ」
紗良が甘い声を漏らした。
「もう、優しくして。赤ちゃんがいるのよ」
「大丈夫、ちゃんと優しくする……」
耳障りなほど艶めいた声が途切れ、私の胸は張り裂けそうに痛んだ。
よろめきながら何歩も後ずさりし、私は壁に手をついて息をした。
一人は、青春時代を共に過ごした親友。
もう一人は、五年愛し合ってきた恋人。
私が一番信じていた二人は、仲のいい友人という仮面をかぶって、陰でずっと裏切っていた。
しばらくして、玲司が紗良の手を引いて出てきた。
私を見た瞬間、二人はどちらも動揺した。
紗良が真っ先に駆け寄ってきて、私の手をつかんだ。
私は一目で、彼女の鎖骨に残るキスマークに気づいた。
「琴音ちゃん、ごめんね。さっきは玲司が悪ふざけしすぎたの。もうちゃんと叱っておいたから」
彼女は振り返り、玲司をにらんだ。
「早く琴音ちゃんに謝って」
玲司はすぐに私の涙を拭った。
「琴音、全部俺が悪い。お前の気持ちを考えていなかった」
私は彼の真剣な瞳を見つめた。
そして、彼が紗良にキスしていたときのほうが、私にキスするときよりも何百倍も夢中だったことを思い出した。
私はこらえきれず、紗良の頬を打とうと手を振り上げた。
けれど玲司はすばやく私の手首をつかみ、振り払った。
「何をするんだ?!」
いきなり強く突き飛ばされ、私は壁に叩きつけられた。痛みで、一瞬目の前が真っ暗になった。
「玲司、あなたと紗良は本当にただの友達なの?」