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さよなら、もう二度と会わない人第3話

第3話は約1,945文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。

あの日記を、私は一晩中めくり続けた。

二年分、百枚以上の航空券。どのページにも、紗良の名前が書かれていた。

夜が明ける頃、私は紗良の家の前に立っていた。

玄関には玲司の革靴が置かれている。

キッチンからは、軽やかな笑い声が聞こえてきた。

私には一度も料理を作ってくれたことのない玲司が、エプロンをつけて紗良にスープを作っていた。

紗良が後ろから彼の腰に腕を回す。

「琴音ちゃんの様子を見に戻ってあげたら?一人できっとすごく傷ついてるわ」

玲司の声は淡々としていて、どうでもいい他人の話でもしているようだった。

「琴音が傷つく?お前が妊娠してるのに様子を見に来るどころか、自分だけ慰めてもらおうなんて、ずいぶん身勝手だよな。紗良、俺は琴音のこと……本当はそこまで好きじゃなかったのかもしれない。昔も今も、お前には敵わない」

その言葉は、容赦なく私の心を突き刺した。

五年の恋。

私は彼の起業に付き合い、何もなかった彼が会社を上場させるまで支えてきた。

それなのに返ってきたのは、「そこまで好きじゃなかった」という一言だけ。

もう、これ以上は耐えられなかった。気づけば私は、部屋に飛び込んで玲司の頬を思いきり打っていた。

「玲司、別れよう。二人を祝福してあげる」

紗良が前に出て、私を引き止めようとした。

「琴音ちゃん、誤解しないで。彼はただ……」

私は妊娠に関する検査結果の書類と日記を、彼女の顔に叩きつけた。

「この子、玲司の子なんでしょう?恥ずかしくないの?」

玲司は腰をかがめてそれを拾い上げた。

その目は、ぞっとするほど静かだった。

「琴音、それがどうした?来週には俺たちの結婚式だ。今さら別れて、家族にどう説明するつもりだ?」

紗良が泣きながら言った。

「ごめんね、琴音ちゃん。私、すぐにこの子を堕ろしてくる」

玲司は彼女を強く抱き寄せ、冷たい目で私を見た。

「俺は認めない。琴音、お前は一度堕ろしてるだろ。これから子どもを産めるかも分からない。だったら紗良に感謝するべきだろ?俺が式に付き合ってやるだけでもありがたいと思えよ。お前みたいな傷物、俺以外に誰が欲しがるんだ」

紗良が彼の口を塞ごうとした。

けれど、もう遅かった。

私は一瞬で凍りつき、目の奥から熱いものが込み上げた。

十九歳のとき、私は元彼の子を妊娠した。

中絶のときに体を傷め、医師からは、今後妊娠は難しいかもしれないと言われた。

大学に戻ると、根も葉もない噂があっという間に広まった。

男にだらしないとか。金持ちの愛人をしていて、妊娠までしたとか。

そんなことを言われた。

私は何度もSNSに事情を書いたけれど、誰も信じてくれなかった。

孤立し、いじめられ、どこへ行っても後ろ指をさされた。

何度も、死にかけた。

そのたびにそばにいて、崩れ落ちそうな私を何度も引き戻してくれたのが紗良だった。

その後、玲司を紹介してくれたのも彼女だった。

彼はあの噂を一度も信じなかった。

誰かが私の悪口を言えば、飛びかかって殴り合いになってまで守ってくれた。

私たちが付き合い始めた日、キャンパス中が騒ぎになった。

みんなが、玲司は正気じゃないと言った。

大学一の人気者が、どうして「傷物」の彼女なんか作るのかと。

けれど彼は私の手を握って言った。

「琴音は世界で一番いい子だ。世界中のものを全部あげたいくらいだ」

私は信じた。

けれど今、あの地獄から私を引き上げてくれたはずの人が、私を「傷物」と言った。

私は玲司の目を見つめた。

かつては優しさで満ちていたその瞳に、今は冷たさしか残っていない。

「玲司、あの頃は、あんな噂は信じないって言った。私がどれだけつらかったか分かるって言ってくれた。今は?」

玲司は何も言わなかった。

けれど、その目がもう答えを出していた。

紗良は私が崩れ落ちそうなほど絶望しているのを見て、完全に慌てた。

「琴音ちゃん、真に受けないで。玲司は怒りすぎて、でたらめを言っただけで……」

彼女は私の手を取ろうとした。私は怒りのあまり、その手を振り払った。

痛みに息をのむ声がした。

紗良は床に倒れ込み、お腹を押さえて顔を真っ青にしていた。

「お腹が……痛い……」

私が反応するより先に、玲司がものすごい力で私を突き飛ばした。

玲司に思いきり押された私は、テーブルの端にぶつかり、グラスが砕け散った。

破片が手のひらに突き刺さる。

血が一気にあふれ出し、痛みで全身が震えた。

玲司は紗良を横抱きに抱え上げ、血走った目で私に怒鳴った。

「琴音、紗良と赤ちゃんに何かあったら、絶対に許さない。結婚式だって、できると思うなよ」

彼はもう私に一瞥もくれず、紗良を抱えたまま、慌ただしく部屋を飛び出していった。

私は荒れ果てた部屋の中で、床に膝をついた。

手は血まみれだった。

玲司はまだ知らない。

たとえ彼がいなくても、結婚式は予定どおり挙げられる。

冒頭章はここまで

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