復讐の刃は、生き返った家族へ――全員の仮面を剥がす第1話
第1話は約2,290文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
弁護士である妻・伊原ひまり(いばら ひまり)と、5歳になる娘が拉致された。
駆けつけたとき、爆弾が炸裂し、二人は目の前で灰になった。
犯人を追うために力を貸してくれた検察官の兄・伊原想太(いばら そうた)まで、奴らの手に落ち、拷問の末に殺された。
誰もが言った。
俺・伊原叶太(いばら かなた)は捜査のやり方が過激で、あまりにも多くの人間を敵に回した。
みんなが俺のせいで巻き込まれたのだから、本来死ぬべきだったのは俺だと。
さらに捜査一課からも外された。
あれから3年、俺はひそかに真犯人を追い続けていた。
そしてついに、手がかりをたどって一軒のレストランに行き着いた。
死んだはずの妻も、娘も、兄も――3年ぶりに、生きてそこにいる。
しかも、三人は一人の男の子の誕生日を祝っている。
親しい友人や家族まで、そこに勢ぞろいしている。
怒りに任せて駆け寄って問い詰めようとした、そのときだ。
背後から、親友にがっちり腕をつかまれた。
「叶太、こんな現実、受け入れられないのは分かる。でも、もう二人は夫婦なんだ。これ以上騒いだら、お前だって間男と同じだ。
3年前、ひまりちゃんは想太の子を妊娠してたんだ。叶太は気性が荒いって誰だって知ってる。だから二人は叶太から逃れるために死んだことにするしかなかったんだ」
隣にいる母は、俺をじっと見つめている。
その目には、はっきりとした警告の色が浮かんでいる。
「知られたなら知られたでいいわ。想太とひまりは、子供二人を連れて、これまでずっと身を隠してきたんだよ。この目で見てて胸が痛かったんだから。
今はあの四人家族、幸せに暮らしてる。叶太が身を引きさえすれば、みんなも許してくれるわ」
喉の奥から、血の味がこみ上げた。俺はこの人たちを見回し、自嘲するように笑った。
――そういうことだったのか。
ひまりも想太も、最初から死んでなんかいなかった。
俺が生き地獄のような3年間を過ごしている間、二人は何事もなかったように幸せに暮らしていた。
それを知っていたのは、俺以外の全員だった。
みんなで手を組んで、俺に隠していた。
* * *
そのとき、スマホが鳴った。
ひまりの法律事務所の部下からだ。
俺はスピーカーに切り替えた。
「叶太さん、犯人について新しい手がかりが見つかりました。10日後、犯人はある地下闘技場で取引するそうです。
本当に危険です。叶太さん、絶対に行かないでください!」
通話を切ると、俺はその場にいる全員を見渡した。
胸にぽっかりと穴が空いたように感じた。
ゆっくりとその場にしゃがみ込み、だぶついたズボンの裾と袖口をまくり上げた。現れたのは、全身に残る無数の傷跡だ。
足首には、肌がボロボロに焼けただれた跡がある。
船の上で犯人を追っていたとき、覆面の男に、赤く焼けた鉄のかたまりを押しつけられてできたものだ。
その手がかりを教えてくれたのは、俺の一番の親友、滝井和也(たきい かずや)だった。
家を買うためにギャンブルで多額の借金を抱えていた和也を、俺は借金ごと肩代わりし、まともな仕事まで見つけてやった。
背中一面に残る黒紫色の棒で殴られた痕。
ギャンブル場で犯人を追っていたとき、ヤクザに捕まり、まる一日にわたって殴られ続けて残った傷だ。
この手がかりをくれたのは、ひまりの親友だった。
その母親が癌になったとき、俺は160万円を渡した。それだけ恩を売ったのだから、向こうは俺に借りがあるはずだった。
下腹には、深く刻み込まれた刀傷がある。
廃墟になった屠畜場までたどり着いたとき、犯人の一人にナイフで腹を刺された。
傷は深く、運よく持っていた薬で血を止められたが、それがなければあの場で死んでいた。
その手がかりをくれたのは、俺が12年間世話をしてきた後輩だった。
そして今、その一人一人が、ここにいる。
本当に聞きたかった。
ひまりも想太も生きていること、そして犯人が偽物だと知っていたのに、どうして俺に、命を奪われてもおかしくないような手がかりを渡したのだろう、と。
新しい傷と古い傷が幾重にも重なる俺の体を見つめても、みんなの目には、俺が想像していたような罪悪感はない。
そこにあるのは、むしろ――当然のことだと言わんばかりの落ち着きだ。
しばらく沈黙したあと、ひまりが人垣をかき分け、ゆっくりと俺のもとへ歩いてきた。
そして、俺の体に残る傷跡をそっと撫で、困ったように息をついた。
「叶太は昔から抜け目がないもの。私たちが偽の手がかりを使って叶太の目をそらしておかなかったら、きっとすぐに、私と想太が最初から死んでなんかいなかったって気づいてた。
犯人役の人たちは、私たちが雇ったプロの役者よ。ちゃんと加減してくれてたから、本当に命が危なくなるようなことはしてないわ」
和也が苛立ったように俺をひまりから引き離した。
「犯人なんてただの役者だろ。叶太が受けた傷だって、せいぜい擦り傷みたいなもんだ。そんなに痛いわけあるか?
ひまりちゃんは今、想太の妻なんだ。二人がようやく叶太から逃れて一緒になれたんだぞ。少しくらい距離をわきまえてくれ!」
全身の血が、一瞬で凍りついたようだ。
耳鳴りが激しく頭の中を覆い尽くしている。胸を押さえながら、胸が痛いのか、それとも吐き気のほうが強いのかさえ分からない。
――なるほど。ひまりと想太の死だけが芝居だったんじゃない。
俺が命を削るように追ってきた一つ一つの手がかりまで、全部、嘘だった。
あの犯人たちは、すべて彼らが雇った役者だった。
俺が自慢にしていた傷跡も、しょせんは笑い話にすぎなかった。
彼らにとっては、想太が幸せになれるなら――俺が全身傷だらけになろうが、そんなことはどうでもよかったのだ。