復讐の刃は、生き返った家族へ――全員の仮面を剥がす第3話
第3話は約2,271文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
俺は悲しみを必死に押し殺しながら、顔を背けてひまりを見ないようにした。
怖いのだ。
彼女の足の傷跡を見るのが怖い。そして、受け入れたくない真実を聞かされるのが怖い。
ひまりはため息をつき、目に浮かんでいるのは、いつもの優しさだ。
「私はもうお兄さんの妻なの。叶太がどれだけ騒いだって、妻として、母親としての責任は果たさなきゃいけないもの」
俺はうつむき、苦笑した。怒りに震えた声が、ひどく歪んだ。
「でも、ひまりは俺の妻だっただろ。俺に対する責任はどうしたんだ?」
息ができないほどの苦しさに、全身から力が抜けていく。それでも必死に踏みとどまり、ひまりの腕をつかんだ。
「一生、俺と一緒にいたいって言ったじゃないか……ひまり、いったいどうしてなんだ?」
「叶太!ここで取り乱すんじゃない!」
母が目を赤くして俺を突き飛ばした。俺はとうとう力尽き、その場に尻もちをついた。
「ひまりはもう、叶太の義姉なんだよ。どれだけ喚いたって、この現実は変わらない」
反論しようとした、そのとき。スマホから、聞き慣れない特別な着信音が鳴った。
警視庁からの電話だ。
俺はすぐに電話に出た。向こうから上司の声が聞こえてきた。
「伊原……公安委員会から調査結果が下りた。捜査一課に戻っていいぞ。
お兄さんの死は、君とは関係なかった。お兄さんはこの数年間、死んだことにして極秘の潜入調査をしてたそうだ!
彼が提出した一連の証拠をもとに、国際臓器売買事件を摘発した。今、彼は最高検察庁より表彰されることになってる……」
ガン。頭の中で、何かが弾けた。
その後何を言われたのか、もうまったく聞こえなかった。
――国際臓器売買事件って、俺がずっと密かに追ってきた事件じゃないか?
俺はその場にいる全員を置き去りにして、狂ったように家へ駆け戻った。
金庫を開けた。
この数年間、命を懸けて集めてきた証拠が――全部、跡形もなく消えていた。
俺はその場に崩れ落ち、絶望のあまり拳を握りしめ、床を何度も殴りつけた。
突然、背後から誰かが俺を強く抱きしめた。
「叶太、自分を傷つけないで」
俺ははっと振り返り、その瞬間、体が凍りついた。
ひまりだ。
そのとき、ふと思い出した。
金庫の暗証番号は、ひまりの誕生日だ。このことは、彼女しか知らない。
――ひまりだ。ひまりが俺の証拠を盗み出して、想太に渡したんだ!
胸が締め付けられるような痛みを感じながら、俺はひまりの腕を強くつかんだ。
怒りでうまく言葉にならない。
「ひまりが、証拠を盗んで兄に渡したのか?
俺が何年も証拠を集めるために、死にかけながら動いてきたのを知ってるだろ?あれが、捜査一課に戻るための唯一の切り札だったんだぞ!」
国際臓器売買事件は、俺が捜査一課を外される前に最後に担当していた事件だった。
容疑者たちが取引している決定的な写真を撮るため、俺は闇診療所の3階から突き落とされ、腰椎をその場で折られ、左の肩甲骨も粉砕骨折した。
犯罪組織の内部に入り込むため、買い手を装って闇取引に参加した。
そこでボイスレコーダーを見つけられ、犯人たちに真っ暗な地下室に閉じ込められた。まる3日間耐え抜き、命からがら証拠を持って逃げ出した。
――ひまりが、どうして俺が命と引き換えに手に入れた証拠を、想太なんかに渡せるんだ!
俺はひまりの肩を力いっぱいつかんだ。
ひまりは痛そうに眉を寄せたが、逃げようとはせず、まっすぐ俺の目を見た。
「これは叶太がお兄さんに返すべきものなの。
叶太がいなければ、お兄さんは死んだことにする必要なんてなかった。仕事を失うこともなかった。
叶太はお兄さんに、借りが多すぎるの。だから、この証拠はお兄さんへの詫びのしるしだと思えばいい」
俺は口を開き、怒りに任せて言い返そうとした。
けれど顔を上げると、母が部屋の外に立っているのが見えた。その手には、別の証拠が握られている。
「叶太がこの数年どれだけ大変だったか、母さんだって分かってる。でもね、お兄さんのほうがもっと苦労してきたんだよ。
お兄さんは昔から負けず嫌いなんだ。少しくらい助けてやれないの?
二人は実の兄弟でしょ。この手柄を誰が受け取ったって同じよ。そんなにケチケチするもんじゃないわ」
俺はふっと笑った。体中が震えるほどだ。
心臓に無数の針を刺されたように感じた。
――実の兄弟?
彼が俺の妻を奪ったとき、兄弟だってことを考えたのか?
俺の妻と娘を連れて死んだことにして、俺から仕事を奪い、誰からも蔑まれるようにしたときも――兄弟だってことを考えたのか?
俺は突然駆け寄り、母が持っていた証拠を細かく引き裂いた。
「もし残りの証拠まで兄に渡すつもりなら――俺は兄を道連れにして死んでやる!お母さんの目の前で!」
母は一瞬、呆然とした。
歯を食いしばり、顔を曇らせて俺を指さした。
「恩知らず!先に家族を捨てたのはあんたなんだから、この先何があっても、母さんを責めないで!」
ひまりは俺をじっと見つめ、それから母を支えるようにして立ち去った。
俺は目を閉じた。まるで体中の力をすべて抜き取られたように、隅で崩れるようにしゃがみ込み、身動きひとつしなかった。
窓の外が、少しずつ暗くなっていく。
昔は、俺がどれだけ遅くまで仕事をしていても、ひまりは必ずラーメンを作ってくれた。
今日も、帰る前に俺のためにラーメンを残していった。
俺はゆっくりと床から起き上がり、すっかり冷めたラーメンを、そのまま全部ゴミ箱に捨てた。
そしてパソコンを開き、これまで集めてきた一連の証拠を整理して一つの原稿にまとめ、真実を明らかにする動画を公開した。
「盗んだものには、必ず綻びが生じる」