私を待つ人がいる場所へ第2話
第2話は約1,770文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
夜7時過ぎ、長距離バスが目的地に到着した。
私はスーツケースを引きずりながら、あらかじめ予約しておいた民宿へ向かった。
オーナーはしばらくパソコンを操作してから、顔を上げて私を見た。「お客さんたちの予約、今日の午後にキャンセルされてますよ」
私は一瞬、呆然とした。「……キャンセルですか?」
「ええ。『予定が変わったからそっちには行かない』って連絡がありましてね」
私はグループチャットを開いた。
一番下に表示されているメッセージは、午後に莉桜が送ってきた塩湖の写真のまま止まっている。
ルート変更の話なんて、誰も一言も口にしていない。
私は拓海に電話をかけた。二度目でようやく繋がった。
電話の向こうはひどく騒がしかった。莉桜が歌っている声もかすかに聞こえる。
「着いたか?」
「うん。そっちはどこにいるの?」
「隣の市だよ」拓海の口調はごく自然なものだった。「午後に出会った観光客から、こっちで夜に音楽フェスがあるって聞いてさ。急遽、予定を変えたんだよ」
私はスーツケースの持ち手を強く握りしめた。「どうして誰も私に教えてくれなかったの?」
彼は数秒ほど黙った。「誰も言ってなかったか?」
間髪入れず、悠真の声が聞こえてきた。「涼太が言ったんだと思ってたぞ」
涼太がすぐに言い返す。「俺は拓海が言ったんだと思ってたし」
電話の向こうで、彼らはどっと笑い声を上げた。
昔から、いつもこうだった。
大学2年の年越しも、彼らが急にレストランを変えたせいで、私は元のレストランで40分も待ちぼうけを食らった。
そして最後の言い訳も、決まってこれだった。
「お前も知っていると思っていた」
あの夜、私はひどく腹を立ててキレた。彼らはご飯を奢って私の機嫌をとった。
それ以来、似たようなことがあっても、私はあまり問い詰めなくなった。
拓海が言った。「今夜は自分で適当な宿を見つけて泊まってくれ。明日の朝9時に迎えに行くから」
「……わかった」
電話を切る。オーナーが尋ねてきた。「お客さん、どうしますか?それでも泊まっていかれますか?」
私は頷いた。「空き部屋があるなら、お願いします」
結局、旧市街にある小さな安宿しか見つからなかった。
エレベーターはない。一人きりでスーツケースを4階まで運び上げると、手のひらが真っ赤に擦れていた。
部屋に入った途端、グループチャットに通知が来た。
莉桜が、テーブルいっぱいに並んだ焼肉の写真を送ってきた。
【結衣がいなくて残念】
悠真:【明日あいつに奢ってやるよ】
涼太:【あいつは好き嫌いがないから、何でもいいだろ】
拓海は爆笑のスタンプを一つ返していた。
私はスマホを机に置き、先にシャワーを浴びることにした。
寝る前になって、拓海からようやくメッセージが来た。
【明日の朝9時に外で待ってて。寝坊するなよ】
私は【わかった】とだけ返した。
翌朝の8時40分、私はすでにチェックアウトを済ませていた。
9時になっても誰も来ない。9時半を過ぎても、誰も来なかった。
スーツケースに座って10時7分まで待ったところで、ようやく拓海から折り返しの電話がかかってきた。その声には、まだ眠りから覚めたばかりの掠れが混じっていた。
「どうした?」
「9時に来るんじゃなかったの?」
電話の向こうが一瞬静まり返った。「あ、やべ。忘れてた」
彼はあくびをした。「昨夜、莉桜の胃の調子が悪くなってさ。看病でバタバタしてたら3時過ぎになっちまったんだよ」
私は無意識のうちに尋ねていた。「彼女、今はどうなの?」
「もう大丈夫だ」彼は少し言葉を区切った。「そうだ、そっちには迎えに行かないことにした。今日の観光スポットはこっちから近いからさ、自分で相乗りの車でも拾って来てくれよ。わざわざ迎えに行ったら往復で2時間も無駄になっちまうしさ」
莉桜が横で小さな声で言った。「やっぱり迎えに行った方がいいんじゃない?結衣、ずっと待ってるんだし」
悠真がすかさず口を挟んだ。「お前の胃が治ったばかりなんだから、車で揺られるのはやめとけよ」
涼太も同調する。「あいつなら一人で来れるって」
私は通りの向こうの信号機を見つめた。「……わかった」
拓海が少し間を置いた。「怒ってる?」
「ううん」
「ならいい。着いたら電話しろ」
電話が切れた。
私は再びスーツケースの上に腰を下ろした。
今回はもう、グループチャットに自分の位置情報を送ることはしなかった。