4年付き合った彼女、婚約相手は別の男?第1話
第1話は約2,422文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
卒業旅行で雪山へ出発する当日、恋人の西森葵(にしもり あおい)と突然連絡がつかなくなった。
空港で焦りながら彼女を待っていると、ルームメイトから意味深なメッセージが届いた。
「隼汰、そんなに焦るなって。もうすぐ大サプライズがあるから」
俺・小林隼汰(こばやし はやた)はほっと胸を撫で下ろした。
葵は遅れているだけで、きっと着飾るのに時間がかかっているのだと思った。
彼女は以前、こう言っていた。卒業したら、すぐにウェディングドレスを着て俺のもとへ嫁ぐ、と。
ところがその直後、クラス委員長がグループチャットに祝福のメッセージを送ってきた。
【西森葵さんと佐藤玄一(さとう げんいち)さんの婚約パーティーにお越しいただき、ありがとうございます!3年間の交際を経て、ついに結ばれました!】
そのメッセージはすぐにグループ内の全員の注目を集め、クラスメイトたちは次々と祝福の言葉を寄せた。
そして、ようやく誰かが異変に気づいた。
【うわ、委員長。隼汰をグループチャットから外すって、忘れたの?】
その一言で、グループチャットは一瞬にして静まり返った。
直後、みんなが一斉に俺をメンションし始めた。
【隼汰、絶対に会場へ乗り込んで騒ぎを起こすなよ。2人は三年間も密かに付き合ってたんだ。ここまで来るのだって大変だったんだから】
【お前、普段から束縛が強すぎるだろ。玄一なんて、この3年間、顔を出すことすらできなかったんだぞ。あいつも可哀想だよ】
挙げ句の果てには、指導教員の関先生まで俺を諭してきた。
【この件は、もう水に流そう。君も男なんだから、もう少し大らかになりなさい。騒ぎを起こさず、あの二人にせめて顔を立ててやってくれ】
一言、また一言と追い詰められていくうちに、息が詰まり、問いただす気力すら失っていた。
どうやら、結婚の約束だけが嘘だったわけではないようだ。
この4年間に俺が経験したすべてさえも、最初から全部、偽物だったのだ。
* * *
グループチャットでは、俺に「大目に見ろ」と諭すメッセージがまだ続いていた。
関先生からは、ついに直接電話までかかってきた。
「隼汰くん、先生の言うことを聞いてくれ。今日はこんな日なんだから、わざわざ水を差しに行くのはやめなさい」
俺は拳を握りしめ、低い声で問い詰めた。
「でも、俺と葵は4年間付き合ってきた。それはいったい何だったんですか?」
関先生はため息をつき、ますます俺を諭すような口調になった。
「君はどうしてそんなに頑固なんだ?玄一くんは高校すら卒業せずに働き始めて、葵を大学まで通わせたんだ。あいつがどれだけ苦労してきたか、君に分かるのか?
君は恵まれた家庭に育って、学歴もある。卒業後の将来だって明るい。これからどんな女性だって選べるだろう。なのに、どうしてわざわざ苦労してきた人間と張り合う必要がある?
先生から頼む。少しは男らしく大らかになってくれ。騒ぎを起こすのはやめなさい。そんなことをしたら、みんなが気まずい思いをするだけだ」
俺の呼吸が、かすかに震えた。
「じゃあ……みんな知ってたんですか。俺だけが馬鹿みたいに騙されてたってことですか?」
関先生は一瞬黙り込んだ。
「君は気が強いだろう。もし感情的になって手を出したりしたら、学校の評判にも関わる。だから君には黙っていたんだ。
葵は情に厚い、いい学生だ。本人が選んだのなら、君も潔く身を引くべきだ」
そう言い終えると、関先生は一方的に電話を切った。
俺は人が行き交う空港のロビーに一人取り残され、途方に暮れた。
どれほど時間が経ったのか。やがて、搭乗を促す空港アナウンスが流れ始めた。
俺は苦笑しながら、手にしていた航空券を引き裂いた。
これは半月前、葵が自分で予約してくれた2人分の航空券だった。
彼女は俺と一緒にスカイダイビングをすると言っていた。10000メートルの空で、俺から指輪を受け取るのだと。
なのに今、彼女が先に指輪をはめた相手は、別の男だ。
それでも俺は、すべてをはっきりさせたい。震える手で、葵に電話をかける。
電話の向こうは、ずいぶん騒がしい。
時折、クラスメイトたちの冷やかす声まで聞こえてくる。
葵は静かな場所へ移動してから、声を落として言った。
「隼汰、ごめんね。昔からの友達と何人か一緒に食事してるの。だからちょっとうるさくて」
こんな状況になっても、まだ俺を騙し続けるつもりなのか。
俺は鼻で笑い、単刀直入に切り出した。
「葵、グループチャットのメッセージ、見たよ」
電話の向こうが、一瞬静まり返った。
やがて彼女はため息をつき、困ったような声で言った。
「やっぱり、知られちゃったんだね。ごめん。私にも悪いところがある。でも、本当にどうしようもなかったの。
玄一は体が弱いし、ここ数年ずっと外で苦労してきたの。あの人が唯一心残りにしてるのが、私とちゃんとした式を挙げることだったの。
私たちは婚約しただけで、まだ入籍してない。法的な効力もないんだよ。
私が心から愛してるのは、今でもあなただよ。男なら、私の苦しい気持ちを少しくらい分かってくれてもいいんじゃない?」
俺は信じられない思いで、スマホを強く握りしめた。
「俺に黙って別の男と婚約しておいて、それでも俺に理解しろっていうのか?」
俺が怒っているのを感じ取ったのか、彼女は少し声を柔らげた。
「隼汰、あなたって普段はもっと大らかじゃない。玄一には何もない。あの人には私しかいないの。
でも、あなたは違うでしょう。あなたには大切にしてくれるおばあちゃんもいるし、学歴もある。
これからだって、いくらでも輝かしい未来がある。どうして、ただの名目上の婚約くらいで彼と張り合うの?
今日が終わったら、明日は一緒に雪山へ行くから。それでいいでしょう?」
あまりにも当然のように言う彼女の言葉に、電話の向こうの彼女が、まるで知らない人のように思えた。
まるで、裏切ることなど彼女にとっては何でもないことのようだ。
俺は一瞬黙ったあと、冷たく告げた。
「葵、俺たちはもう終わりだ」