そして、五年が消えた第3話
第3話は約1,649文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
そうやって、誰も私に相談することなく、桜を勝手に私の家に住まわせることになった。
夜、桜が夕食に誘いに来た。私が3回も断ると、彼女はドアの外で泣き出した。
泣き声がどんどん大きくなり、浩輔が来た。彼女はすかさず言った。「詩織は私にすごく怒っているみたい。ご飯に誘ったら、怒鳴られた」
それをドア越しに聞いた私は苛立ちドアを開け、泣きじゃくる桜を睨みつけた。
浩輔は駆け寄ってきて、彼女の腕を掴みながら言った。「もう泣くな。俺に任せろ」
桜はポケットから簪を取り出して、私に差し出した。「詩織、これは私が作った簪なの。受け取って。これから仲良くしてくれる?」
私はすぐに言葉を遮った。「なにをたわ言いってるの?それに、そのわざとらしい猫かぶりは誰に見せるつもり?」
すると、桜は悲しそうに浩輔の胸に飛び込んだ。
怒った浩輔は、私に平手打ちを食らわせた。
「詩織、警告したはずだ。桜は妊婦なんだ。情緒を安定させないといけない。
それなのに、わざと意地悪をして、桜を傷つける気か?」
彼は、まるで極悪人でも見るような目を私に向けた。
この一発で、私たちに残っていた最後の情も消え失せた。
このクズカップルを睨みつけ、私は浩輔の顔を2回平手打ちした。
渾身の力で叩いたので、浩輔の頬はみるみるうちに腫れ上がり、驚愕の表情を浮かべていた。
「詩織、正気か?よくも俺を?!」
私は腫れた右手を見ながら冷笑した。「先に手を出したのはあなたでしょ。今さら何を怒っているの?
私はこれでも九条家の令嬢よ。あなたになんか侮辱される筋合いはないわ」
物音を聞きつけた浩輔の母親が慌てて駆け寄ってきて言った。「詩織、浩輔もついカッとなったのよ。どうか許して」
私の表情が変わらないのを見て、彼女は浩輔の袖を引っ張り、何度も目で合図をした。
浩輔が私に手を上げたのは、これが初めてだった。彼もさすがに動揺しているように見えた。
しかし、桜がいたからか、男のプライドが邪魔をしたのか……
浩輔は顔を背け、謝ろうとしなかった。
「浩輔!」浩輔の母親が大声で叫んだ。このままでは浩輔が不利になることを、彼女は分かっていた。
「確かに今のは俺が悪かった。でも、お前が素直に桜と一緒にご飯を食べていれば、こんなことにはならなかった」
これは謝罪ではなく、私を責める言葉だった。
私の心は凍りつき、その後の夕食さえも喉を通らなかった。
その夜、私は藤沢家の人間と顔を合わせないように引きこもっていると、山田が気遣って夕食を部屋まで持ってきてくれた。
翌日は昼まで寝ていた私は、彼らが昼食を取ろうとしているのを無視し、振り返ることなく家を出た。
会社の秘書によると、浩輔が半年ぶりに妊婦を連れて帰ってきたという噂が社内に広まり、私の噂も色々と広まっているらしい。
家を出て30分も経たないうち、浩輔からラインが届いた。内容は帰りに桜にツバメの巣を買ってこいというものだ。
さらに、昨日のお詫びに、彼女にアクセサリーも買ってこいとも書かれていた。
その偉そうな口調に、私は思わず笑ってしまった。
私はそっけなく返信した。【欲しいなら、自分で買ってあげれば】
送信した直後、山田から連絡があった。桜が、私の母が私のために送ってくれた健康食品を全部持っていってしまったらしい。お腹の子供に良いと言って。
私は山田に尋ねた。「彼らなんて言ってた?」
山田はあきれたように言った。「藤沢家の人たちは大喜びで、『桜が欲しいもの、食べたいものは何でも言っていい』と言っていました」
母は3ヶ月ごとに健康食品を送ってくれる。私の体を気遣ってのことだ。
まさか母からの贈り物が、彼らに利用されるとは思わなかった。
いつも分別のある浩輔の母親までもが黙認しているのなら、私も遠慮する必要はない。
彼らが私をこんな風に扱うなら、私も彼らの顔を立てる必要はない。
私は会社に行き、幹部会議を開いた。会社の現状を把握した後、仕事の割り当てと配置換えを行い、全社員に通知した。
「本日より、私が九条グループに復帰するので、浩輔の立ち入りを禁止する!」