クズ旦那と別れた私は愛を見つけた第3話
第3話は約2,100文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
真人を寝かしつけたあと、千歌は静かに部屋を出た。医師から処方された漢方薬を煎じるため、階下のキッチンへ向かおうとした、その時だった。
突然――額に硬いものが当たった。
「っ……!」鈍い痛みに思わず息を呑む。触れてみると、額に大きなこぶができていた。
顔を上げてみたら、二階の吹き抜けから俊太が身を乗り出していた。ガラスのコップ、オルゴール、おもちゃの車など、次々と物が投げ落とされる。
避ける間もなく、それらが肩や腕に当たり、全身に痛みが走った。
千歌は顔をしかめ、頭を庇いながらしゃがみ込む。「何をしてるの?」
そう聞くと、俊太は顎を上げて得意げに笑った。まるで悪びれる様子もない。
「遊んでるだけだよ。おばさんバカなの?避ければいいのに。ケガしたって知らねえよ」
あまりの言葉に千歌は耳を疑った。怒りを抑えながら答える。
「お母さんから、人に物を投げちゃいけないって教わらなかったの?」
俊太は反論しようとしたが、背後から近づく足音に気付いたのか、突然ぽろぽろと涙を流し始めた。そしてそのまま玲司の胸へ飛び込む。
「玲司おじさん……!ぼく、遊んでる時ちょっと間違って当てちゃっただけなのに、千歌おばさんに怒られたの……」
その一言で、玲司の顔色が変わった。
「俊太は遊んでるだけだ。子ども相手に本気で怒る必要がないだろ?」
玲司の言葉を聞いて、千歌は思わず笑いそうになった。血が滲む額を抑えながら言う。「これだけ傷だらけにされているのに、私が悪いっていうの?」
玲司はようやく彼女の身体へ目を向けた。無数の打撲痕が目に入り、眉をひそめる。
態度が少し柔らかくなったものの、やはり俊太を庇った。「俊太に悪気はない。たいしたケガじゃないだろう。絆創膏を貼れば済む話だ。もう騒ぐな」
言い終えると、玲司は俊太の涙を拭い、そのまま部屋へ連れて行った。
扉が閉まるのを見届けながら、千歌は奥歯を噛み締めた。拳を強く握り、爪が掌へ食い込む。
胸の奥で渦巻く怒りと悔しさを何度も押し殺し、深呼吸を繰り返した。ようやく気持ちを落ち着けると、薬を持ってキッチンへ向かう。
午後いっぱい、千歌は火の前から離れなかった。
薬が煮上がり、器に移した時だった。
ドンッ――!
家中に響く大きな音が聞こえ、続いて子どもの泣き声が聞こえてくる。
嫌な予感がして、千歌は器を置き、そのままキッチンを飛び出した。
リビングでは俊太が床に座り込み、大声で泣いている。
その向こう、階段の途中で手すりにしがみついた真人が、涙を浮かべながら叫んでいた。「ママ!」
だが次の瞬間――奈帆が駆け寄り、何のためらいもなく真人を突き飛ばした。
千歌が反応する前に、真人の小さな身体がバランスを崩し、階段を転がるように落ちていき――ゴンッ、と鈍い音が響いた。
「真人!」
真人の額が階段の角にぶつかり、大きく裂けていた。赤い血が流れ出し、床を赤く染めていく。
千歌は慌てて駆け寄り、ぐったりした息子を抱き上げると、その手も血に染まる。
無力感に襲われる彼女は震える声で叫んだ。
「誰か救急車を呼んで!
真人……ママがいるから……お願い、目を開けて……真人……!」
騒ぎを聞きつけた玲司も駆けつけてきた。だが事情を確認するより先に、俊太が泣きながら叫ぶ。
「玲司おじさん!ぼく、真人くんが起きていたから、下まで連れて行こうとしただけなのに、急に押されて……階段から落ちたんだよ!」
その言葉に奈帆も涙を浮かべ、千歌を見る。
「千歌さん、私たちが気に入らないなら、そう言ってくれればよかったじゃない。どうして真人くんにこんなことをさせるの?あなたも母親でしょう?よくそんな酷いことができるわね……」
親子そろって涙を流す姿を見て、玲司の怒りは一気に燃え上がった。千歌へ向けられる視線は冷え切っている。
「千歌!」怒声が飛ぶ。「今まで真人に何を教え込んできた?奈帆たちは俺が連れて来たんだ、不満があるなら俺に言え!五歳の子どもを標的にするな!」
その言葉を聞いた瞬間、千歌の胸は張り裂けそうになった。腕の中では真人がまだ血を流している。
千歌は真っ赤な目で玲司を睨み返し、掠れる声で言った。
「目が見えない真人が、あの子を突き飛ばすなんてできるわけないでしょ?あなたは何も見ていないのに、どうして最初から真人が悪いって決めつけるの?いったい何が起きたのか、事情を聞こうともしないの?防犯カメラの確認だってまだでしょ?」
だが玲司は聞く耳を持たなかった。怒りに支配されたまま吐き捨てる。「もういい!俊太はまだ五歳だ!そんな子どもが嘘をつくとでも言うのか?
それに事実は明らかだ。お前の見苦しい言い訳など聞きたくはない」
そして冷酷に言い放った。「真人をまともに躾けられないなら、俺が教育する」
そう言うなり執事を呼びつける。「真人が客人を傷つけた。家の仕来りに従って、鞭打ち20回だ!」
その命令を聞いて、千歌は言葉を失った。数秒後、ようやく顔を上げた。
「……何ですって?真人はひどい怪我を負っているのよ?それなのにまだ罰を?玲司、まさか忘れたの?あなたの実の息子真人なのよ!」
「間違ったことをしたなら罰は必要だ。たとえ実の息子でも、例外にはしない」