チャンスは3回しかない第1話
第1話は約2,091文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
夫は、私を愛していない。娘のことも、もっと愛していない。
娘が生まれてから、もう六年が経つ。それなのに、夫は一度も娘を抱きしめたことがない。
医者は言った。彼は「感情障害」だと。ただ、人並みに愛し方を知らないだけだと。
けれど、あの人——彼の初恋の人が戻ってきた日、夫は珍しく、私たちに微笑みかけたのだった。
そして、信じられないことに、娘にプレゼントまで買って帰ってきた。
私は、やっと心を開いてくれたのだと思った。これから少しずつ、父親になってくれるのだと。
そう思っていた。
でも——
その夜、娘と一緒に見てしまった。夫のスマホのロック画面に設定された写真を。
画面に映っていたのは、満面の笑みを浮かべた夫。片腕には前歯の抜けた女の子を抱え、もう片方の手では、彼の初恋の手をしっかりと握っていた。
娘は、そっと私の手を握りしめた。潤んだ瞳が、何かを訴えるように震えていた。
「ママ……もう、出て行こうか?でも……パパに、あと三回だけチャンスをあげてもいい?」
「その三回で、パパがやっぱり私たちを選んでくれなかったら……そしたら、一緒に行こうね」
* * *
夫は、私を愛していない。娘のことも、もっと愛していない。
娘が生まれてから、もう六年が経つ。それなのに、夫は一度も娘を抱きしめたことがない。
医者は言った。彼は「感情障害」だと。ただ、人並みに愛し方を知らないだけだと。
けれど、あの人——彼の初恋の人が戻ってきた日、夫は珍しく、私たちに微笑みかけたのだった。
そして、信じられないことに、娘にプレゼントまで買って帰ってきた。
私は、やっと心を開いてくれたのだと思った。これから少しずつ、父親になってくれるのだと。
そう思っていた。
でも——
その夜、娘と一緒に見てしまった。夫のスマホのロック画面に設定された写真を。
画面に映っていたのは、満面の笑みを浮かべた夫。片腕には前歯の抜けた女の子を抱え、もう片方の手では、彼の初恋の手をしっかりと握っていた。
娘は、そっと私の手を握りしめた。潤んだ瞳が、何かを訴えるように震えていた。
「ママ……もう、出て行こうか?でも……パパに、あと三回だけチャンスをあげてもいい?」
「その三回で、パパがやっぱり私たちを選んでくれなかったら……そしたら、一緒に行こうね」
私は娘の頭をそっと撫でて、静かにうなずいた。
スマホを元の場所に戻して、何事もなかったふりをしたけれど——
胸の奥に広がる、ひりつくような痛みまでは、どうしても隠せなかった。
小さくため息をついて、私は娘を寝室へ連れて行った。
だって、娘と約束したから。
御堂奕真(みどうえいま)に、あと三回だけチャンスをあげるって。
だから娘は、まるで以前のように彼をパパと呼び続けていた。
父の日が近づいたある日、娘は幼稚園で作った石膏人形を大事そうに持ち帰ってきた。
「パパ、これ……よろこんでくれるかな?」
娘は少し不安そうに私を見上げた。
私は、その細い指のすき間に入り込んだ泥を丁寧に洗い落としながら、白くて柔らかい手にできた小さな傷を見つけて、胸が締めつけられる。
そっと頭をなでながら言った。
「きっと、パパよろこんでくれるよ」
そのひと言で、娘はぱっと笑顔を見せた。
本当は、娘は粘土細工があまり得意じゃない。
でも、以前奕真の書斎で見つけた粘土の人形を見て——
それがパパのお気に入りだと思い込んで、ずっと幼稚園で練習していたのだ。
いくつもいくつも壊しては作り直し、ようやくできた一体だった。
その夜、娘はソファに座って、パパの帰りをずっと待っていた。
私は娘を寝室に連れて行こうと抱き上げた瞬間、彼女は目を覚ました。
「パパ、帰ってきたの……?」
私は首を横に振った。
「ママが抱っこしてお部屋に戻るよ。パパが帰ってきたら、すぐ起こしてあげるから」
「やだ。ここでパパを待つの」
娘は頑として動かず、ソファの隅で目をこすりながら待ち続けた。
そして、ようやく玄関のドアが開いた。
奕真が帰ってきた。
娘は勢いよくソファから飛び出し、石膏人形を高く掲げた。
「パパ!父の日おめでとう!」
奕真は一瞬、目に見えて動きを止めた。
そしてぎこちなく人形を受け取り、「ありがとう」と、ただそれだけを言った。
娘の目がぱっと輝く。
「パパ、気に入ってくれた?」
しかし——
奕真は答えず、そのまま書斎へと入っていった。
娘も後を追おうとしたが、振り返った奕真が冷たく言い放った。
「何度言ったらわかる、書斎に入るなって」
娘はビクッと肩をすくめ、小さな声で「わかった、ごめんなさい、パパ」とつぶやいた。
それでも、彼の顔色をうかがおうとそっと顔を上げたとき、見てしまった。
自分が一生懸命作った石膏人形は、机の隅に無造作に放り出されていた。
なのに、傍らにはぐにゃぐにゃに編まれた赤いミサンガがあり、それを奕真はまるで宝物のように、棚の一番目立つ場所に掛けていた。
娘の目が赤く染まり、ぽつりと漏らした。
「それ……日和お姉ちゃんがくれたの?」
奕真の手が止まった。表情が、ほんのわずかに揺れた。
娘は、何かを悟ったように、すぐにくるりと踵を返して書斎を出て行った。
「ごめんなさい、パパ。もう二度と書斎に入らないから」