チャンスは3回しかない第2話
第2話は約1,643文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
その様子を見ているだけで、胸が張り裂けそうだった。
まだ六歳の娘が——
ただ「パパ」という存在を引きとめるためだけに、相手の顔色を伺って生きているなんて。
奕真、あなたにはあと二回しかチャンスは残されていない。
その夜、娘は泣かなかった。ただ一つ、私に質問をしてきた。
「ママ……パパは感情の病気で、私たちのことをどう愛していいかわからないんでしょ?
でも、なんで……日和お姉ちゃんのことは、あんなに好きなの?
パパ、いつか私のことも、日和お姉ちゃんみたいに好きになってくれるの?」
娘の潤んだ瞳を前に、私は何も答えられなかった。
まさか——
朝比奈詩乃(あさひなしの)とその娘の日和は、奕真にとって特別なんだよ——なんて、言えるはずもない。
詩乃は彼の初恋、日和はその娘。
あの母娘は、ただそこにいるだけで、奕真の愛を受けられる。
でも私と娘は、どれだけ努力しても、どれだけ手を伸ばしても——彼の心には、触れることすらできない。
奕真の書斎には、私と娘が贈ったプレゼントが山のように積まれている。
それなのに、彼は一度も手に取ったことがない。
棚の隅で、ただ埃をかぶっていくだけ。
その一方で、日和からもらったものは、どれも大切に保管されている。
私は娘に嘘をつきたくなかった。
でも、どう言えば彼女を傷つけずに済むのか、言葉が見つからなかった。
そのとき——
娘がふいに私をぎゅっと抱きしめてきた。
まるで全部、わかっているかのように。
私は心の中で、そっと線を引いた。
——奕真、あと二回。
それ以降、娘は一歩も書斎に入ることはなかった。
表面上は、まるで父親の存在など気にしていないように振る舞っていたけれど——彼が帰ってくるたびに、その視線は自然と彼の後ろ姿を追っていた。
けれど、いざ彼が話しかけようとすると、娘は小さく肩をすくめ、怯えた目で身を引いてしまう。
その様子を見た奕真は、それ以上何も言わず、背を向けて部屋に戻っていった。
——そして、娘の誕生日がやってきた。
娘は、意を決したように、奕真に尋ねた。
「パパ……一緒にお誕生日、過ごしてくれる?」
彼は例のミサンガを指でいじっていた。
娘の言葉に気づくと、少し眉をひそめた。
「お前の誕生日って、いつだっけ?」
娘の誕生日を覚えていなかった。
それでも娘は落ち込むことなく、真っ直ぐに答えた。
「明後日だよ。パパ、来られる?」
奕真はしばらく考えたあと、首を横に振った。
「その日は用事がある」
その返事を聞いた娘は、泣きもせず、怒りもせず、ただ小さくうつむいて——
「パパ、お仕事忙しいもんね。私、もっとパパのことわかってあげなきゃだめだね」
そう言って、私の方を見て微笑んだ。
「ママ、じゃあ……おばあちゃんと一緒にお誕生日、しよう?」
その健気な姿に、私は胸を締めつけられながら、娘をそっと抱きしめた。
「うん……おばあちゃんと一緒に、素敵なお誕生日にしようね」
誕生日当日——
娘は、いつも通り明るく振る舞おうとしていたけれど、義母はすぐに異変に気づいた。
「どうしたの、心羽(こはね)?なんだか元気がないわね。誰かにいじめられたの?おばあちゃんに教えて」
娘は首を横にぶんぶんと振った。
「ちがうよ、わたし、ぜんぜん元気だよ!」
義母は娘の頭をなでながら、優しく微笑んだ。
「もしかして、パパが来なかったから、寂しくなっちゃったのね?」
その言葉に、娘は口をもごもごさせて、うまく言い返せなかった。
「パパは、ほんとうに忙しいから来られなかったの。おばあちゃん、パパのこと怒らないでね」
「こんなに可愛い心羽の誕生日を、パパが来ないなんてありえないわ。おばあちゃんが電話してあげる。私の言うことなら、きっとパパも断れないはずよ」
義母がそう言うと、娘の目に希望の光が戻ってきた。
「ほんとに?パパ、来てくれるの?」
義母はスマホを耳に当てて、誰かと話しているふりをしながら、奕真の名前を口にしていた。
でも、実際には電話はつながっていなかった。
そんなこととは知らずに、娘は——
小さな頬を、久しぶりにほんのり赤らめていた。