チャンスは3回しかない第3話
第3話は約1,479文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
「心配しないで。パパ、すぐ来るって言ってたわよ」
私は娘を安心させたくて、義母の言葉に乗った。
今日だけは、心羽にとって、笑顔で終わる誕生日にしたかったから。
「来週、心羽の絵のコンクールがあるのよ。きっとまた優勝間違いなしね」
義母が目を細めて褒めてくれる。
「心羽は本当にすごい子。奕真の会社にも絵の才能ある子が欲しいって話だし、うちの心羽を連れて行ったらどうかしら?」
今まで一度も奕真に褒められたことがない心羽は、不安そうに私を見つめた。
「ママ、わたし、ほんとにできるかな?」
私は力強く微笑んだ。
「心羽なら、きっとできるよ」
食事のあと、心羽がトイレに行くと言ったので、義母が付き添った。
けれど、数分後——
「わたしがパパの娘だもん!あなたなんかじゃない!」
という悲鳴が廊下に響き渡った。
私は急いで駆け出した。
その目に映ったのは、日和が心羽を突き飛ばす瞬間だった。
私はとっさに娘を抱きとめた。
「なにしてるの?どうしてうちの子を突き飛ばしたの?」
振り返ると、日和は目をこすり、涙を一筋流しながら指を差して叫んだ。
「心羽ちゃんがいじわる言ったの!だから、ちょっとだけ押しただけだもん。奕真パパ、助けてよぉ……!」
「あなた、まだ小さいのにもう嘘をつくの?心羽はいじわるなんて言ってないわよ!」
私は日和の指を下ろそうとして手を伸ばした。
三歳のころ、奕真が娘を連れてスーパーに行ったとき、紙おむつの替えが間に合わず、娘はたくさんの人に囲まれながら大泣きした。
それ以来、彼女は「人に指を差される」ことがとても苦手になっていた。
私の腕の中で小さく震えている心羽を見て、私は日和にきっぱり言った。
「やめなさい。心羽を指で差さないで」
日和は聞こえているはずなのに、逆に得意げに指を高く上げた。
私が一歩踏み出したそのとき——
奕真が私の横を通り過ぎ、日和の前に立ちふさがった。
「結城心咲(ゆうきこさき)、お前、何をしてる?」
日和は彼の服の裾を掴んで、すすり泣きながら訴えた。
「奕真パパ、わたし、なにもしてないのに……心羽ちゃんが私生児って……」
奕真の目に怒りの炎が灯った。
彼は日和を優しく抱き上げ、まるで別人のような柔らかい声で囁いた。
「日和は私生児なんかじゃない。奕真パパはずっと、君のパパだよ。
ママは海外でひとりで君を産んで育ててくれた。俺がそばにいてやれなかったのが悪い」
そうだったのか。
詩乃が海外でひとりで産んだ子どもだとばかり思ってたけど、まさか実の父親が奕真だったなんて——
だから、あんなに日和を可愛がってたのか。
初恋が異国で耐え抜いて産んだ子供。
そりゃあ、心底大事にするだろう。
心羽は、その言葉を聞いた瞬間、私の腕の中から抜け出して奕真を見上げた。声が震えていた。
「パパ、あなたは私のパパでしょ?ねえ、日和お姉ちゃんのパパにはならないで……」
奕真は、ほんの一瞬だけ沈黙した。
心羽の涙に、少しだけ心が揺らいだのかもしれない。
けれど——
日和がその首に顔を埋め、甘えるようにしがみついたとたん、彼の瞳はまた冷たくなった。
「心羽、わがまま言うな。帰りなさい」
その瞬間、私ははっきりと見た。
心羽の瞳から、光がすうっと消えていくのを。
そのとき、義母が中から出てきた。
彼女の腕には詩乃が寄り添い、まるで仲睦まじい嫁姑のように見えた。
詩乃は日和が泣いているのを見ても、彼女を奕真の腕から離そうとはせず、代わりにそっと頭をなでた。
奕真も、詩乃と一緒に穏やかな声で日和をあやしていた。
そして、詩乃が手にしていたバースデーハットを受け取ると、奕真は日和の頭にそれを、優しくかぶせてあげたのだった。