ビタースウィート第3話
第3話は約994文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
スマホの画面が光って、誰かから急かすようなメッセージが届いたらしい。彼は少し焦ったようで、いつもの別れのキスさえ忘れて、軽く私を抱きしめただけで出て行った。
そのとき、彼は無意識に左胸の万年筆を手で押さえていた。
私に気づかれるのが怖かったのか、それとも――私に触れられるのが嫌だったのか。
ドアノブを握る手に力が入り、指の関節が白くなった。
長年の愛がただの欺きだったなんて、信じたくなかった。
けれど、目の前に突きつけられた現実を見ないふりもできなかった。
もっと確かめなきゃと思った。
ドアを開けて後を追おうとしたその瞬間、ドアが向こうから開いた。
達也が戻ってきてた。私がまだ玄関にいるのを見て、少し驚いた顔をした。
「出かけるのか?」
私は二秒ほど言葉を失ったまま、「ゴミを、捨てに行こうと……」と答えた。
彼は私をソファに押し戻した。
「あとでお手伝いさんが来るから、そんなことしなくていい」
何かを忘れたようで、部屋に戻るとすぐに出てきて、また慌ただしく出て行った。
私は今度こそ、その後を追った。
彼はいつもより速いスピードで車を走らせ、私は少し遅れながらもついて行った。
彼の会社近くのマンションに着き、地下の駐車場へと入っていった。
彼は隅のほうに車を停め、降りてすぐ隣の赤いミニクーパーの後部座席に乗り込んだ。
その瞬間、車内では茶色の巻き髪の女が、待ちきれないとばかりに彼の首に腕を回し唇を寄せていた。
私はハンドルを握りしめ、全身がこわばり、呼吸が荒くなった。
二人が絡み合うたびに、車が大きく揺れた。
そのときようやく気づいた。
――彼がさっき家に戻って、わざわざ取りに行ったもの。
寝室に置いてある、コンドームだった。
達也は決まったブランドしか使わない。
あれはなかなか手に入らないもので、デリバリーでも一時間はかかる。
だから、待てなかったのだ。
私の目の前を堂々と通って、私が買ったそれを持ち出し、別の女と使うために。
達也の手が車の窓に強く当たり、指の関節が浮き上がった。薬指の結婚指輪が私の目に刺さるように光っていた。
私は顔をそむけて涙をぬぐい、ぼんやりと隣の車の空っぽの運転席を見つめていた。
どれほど時間が経ったのか分からない。再び視線を戻したときには、すべてが終わっていた。
女は後部座席から降り、運転席に移った。
白くて、少し紅潮した整った顔立ちを見た瞬間、私は思い出した。
――この顔、見たことがある。