五人の輪に、私の居場所はなかった第1話
第1話は約2,664文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
大学を卒業して七年目、私、伊藤菜月(いとうなつき)は五人のグループチャットにメッセージを送った。
【リストラされちゃった】
だが、誰も見ていないかのように、チャットは静まり返っていた。
十分後、親友の松本柚葉(まつもとゆずは)からメッセージが届いた。
【昇進した!今夜いつものお店でお祝いしてよ!】
すると、彼氏の山口拓海(やまぐちたくみ)と、二人の男の幼なじみがすぐさま反応した。
【柚葉、おめでとう!】
【店は俺が予約しとく】
【ケーキは柚葉の大好きなモンブランにしよう】
私は画面を見つめ、たまらずもう一度メッセージを送った。
【私、さっきリストラされたって言ったよね?少しくらい慰めてくれない?】
誰からも返事はなかった。
少ししてから誰かがこんなメッセージを送った。
【いつもの店、個室が空いてないって。川沿いのあの店はどう?】
拓海はすぐに返信した。
【いいよ。俺はプレゼントを用意しておく】
柚葉が照れた顔のスタンプを送ってきた。
【ちょっと昇進しただけなのに、みんな大げさだよ】
それでも三人は競うように柚葉を持ち上げた。
【柚葉のお祝いなんだから、適当にはできないだろ】
【ずっと頑張ってきたんだし、五人そろって盛大にお祝いしなきゃ】
その言葉を見た瞬間、涙がこぼれ、スマホの画面を濡らした。
いつからだろう。彼らの言う「五人」の中に、私が含まれなくなったのは。
これまで、柚葉が残業する日は三人が交代で差し入れを届け、失恋すれば夜中でも駆けつけてお酒に付き合った。柚葉の誕生日だって、自分の誕生日以上にしっかり覚えていた。
なのに、私が昇進したときは「今度おごってよ」の一言で終わりだった。
グループチャットを抜けようとしたそのとき、大学時代のルームメイト、加藤志保(かとうしほ)からメッセージが届いた。
【うちの会社、ちょうどプロジェクト責任者を探してるんだけど、来てみない?】
私は次々と流れてくるお祝いのメッセージに目をやり、返信した。
【ぜひ】
十年以上も一緒に過ごしてきたこの人たちとも、そろそろお別れだ。
* * *
志保に返信した直後、拓海から個別メッセージが届いた。
【今日リストラされたんだろ?ちょうど暇になったんだし、ついでにケーキを受け取ってきてくれないか?】
私はそのメッセージを見つめたまま、しばらく動けなかった。
私がリストラされたことは、ちゃんと見て知っていたのだ。それなのに、泣いていないかと心配することも、これからどうするつもりなのかと尋ねることもなかった。
拓海にとって、私が仕事を失ったというのは、ただ暇な時間ができたというだけのことらしい。
私はスマホを伏せてテーブルに置き、数分間ぼんやりと座っていた。それでも結局、靴を履き替えて家を出た。
ケーキ屋に着くと、店員が注文番号を確認し、白いギフトボックスを差し出してきた。
「モンブランですね。中に昇進祝いのメッセージカードも入っていますので、ご確認ください」
私は箱を開けて中を確かめた。カードにはこう書かれていた。
【柚葉へ。昇進おめでとう!これからもますますの活躍を祈ってるよ】
私はカードを戻し、ケーキを持って川沿いのレストランへ向かった。
個室の扉を開けると、柚葉が拓海の腕に絡みつきながら、楽しそうに話していた。
「あ、菜月!来たんだ」
柚葉は私に笑いかけると、立ち上がってケーキを受け取った。
「わざわざありがとうね」
「ううん、大丈夫」
私はケーキを壁際に置いた。拓海はちらりとこちらを見ただけで、隣の椅子を引いた。
「とりあえず飯にしよう。ケーキはあとで開ければいいし」
私が席に着くと、店員が料理を運び始めた。
食事の間、話題はずっと柚葉の新しい仕事のことばかりだった。
新しいオフィスは26階にあって、窓から川が見えるのだと柚葉が話せば、拓海は遮光カーテンを買い替えたほうがいいんじゃないかと心配した。
最近、肩や首が凝ってつらいと柚葉がこぼすと、井上健太(いのうえ けんた)が箸を置いた。
「土曜日、一緒に整体に行こう。知り合いの店があるんだ」
すると、小林航平(こばやし こうへい)は柚葉の皿からパクチーを取り除いた。
「これは食べるなよ。パクチー食べると、いつも胃の調子が悪くなるだろ」
三人は代わる代わる柚葉に声をかけ、至れり尽くせりの世話を焼いていた。
私は箸を握ったまま、何度か話に入ろうとした。
「私、今日ね……」
そのとき、柚葉のスマホが鳴った。彼女がうつむいてメッセージに返信していると、拓海が声をかけた。
「新しい部署の人たちとは、うまくやっていけそうか?」
話題はそのまま、また柚葉の仕事のことに戻っていった。私は魚の身をひと口つまみ、ゆっくりと飲み込んだ。
食事が終わると、拓海が椅子の脇からプレゼントの箱を取り出した。
「柚葉、昇進おめでとう」
柚葉が箱を開けると、中にはプラチナのネックレスが入っていた。
「これ、この前デパートで見たやつ?」
「三回も見てただろ」
続いて、健太がマッサージ器を差し出した。
「毎晩15分くらい使うといいよ。面倒くさがらずに続けろよ」
航平は香水のボトルを取り出した。
「ウッディ系の香りが好きって言ってただろ。何軒も探して、やっと見つけたんだ」
柚葉は口元を手で覆い、目を輝かせた。
「えー!みんな、なんでそんなに覚えてるの?」
拓海が優しく笑った。
「柚葉のことなんだから、忘れるわけないだろ」
私はそっと目を伏せた。
去年、私が昇進したときも、同じグループチャットで報告した。
拓海は「今度お祝いしよう」と言い、健太は拍手のスタンプを送ってきた。航平からは「また夜に話そう」と返事があった。
けれど、そのあと柚葉が「胃が痛い」と一言送ると、みんなは夜遅くまで柚葉の心配ばかりしていた。
結局、私の昇進祝いが話題に上がることは二度となかった。
そのとき、拓海が突然、私の手にスマホを押しつけてきた。
「菜月、俺たちの写真撮ってくれないか?もうすぐロウソクに火をつけるから」
私はスマホを受け取り、個室の反対側へ移動した。
ロウソクに火がともると、柚葉が真ん中に立ち、拓海たち三人がその周りを囲んだ。
私はシャッターを切った。写真を確認した柚葉が、こちらに手招きした。
「菜月もおいでよ!あとで五人でも撮ろうね」
私が一歩踏み出したところで、拓海が口を開いた。
「先に柚葉の写真を撮ろう。ロウソクが燃え尽きちゃうから。五人のはあとでいいだろ」
私は足を止めた。
そのあと、みんなはケーキを切り分け、プレゼントを開け、SNSに写真を投稿して盛り上がっていた。
けれど、五人で写真を撮ろうと言い出す人は、最後まで誰もいなかった。