五人の輪に、私の居場所はなかった第2話
第2話は約2,036文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
柚葉はお酒を何杯か飲んでいたせいか、立ち上がったときに足元がふらついた。
拓海がすかさず彼女を支え、健太はバッグを持ち、航平は個室の扉を開けてあげた。
私はその後ろについて、レストランの入口まで歩いた。拓海が振り返って言った。
「菜月はタクシーで帰りな。家に着いたら連絡して」
「うん」
三人は柚葉に付き添い、そのまま車に乗り込んだ。
私は一人道端に取り残された。タクシーがつかまるまで十数分も待つことになった。
家に帰ると、拓海からメッセージが届いていた。
【柚葉がちょっと具合悪そうだから帰るの遅くなる。先に寝てて】
私はそのメッセージを見つめたあと、志保から送られてきた会社の資料をもう一度開いた。
もう後回しにされるだけの関係に期待するのはやめよう。
翌日、私は元の職場へ退職手続きに向かった。人事担当者は書類を差し出す前に、私の顔色をうかがった。
「伊藤さん、本当にいいんですか?今回の件は部署の再編が理由で、あなた個人に問題があったわけじゃないんですよ」
「わかっています」
私は書類の最後のページを開き、署名した。
デスクを離れる前に、引き出しの中身を一つずつ段ボールに詰めていった。マグカップ、専門書が数冊、それから三年間育ててきたミントの鉢植え。
同じチームの後輩が荷物を運ぶのを手伝おうとしてくれたけれど、上司に呼ばれて行ってしまった。
私は最後の一本のペンを箱に入れると、スマホを取り出し、グループチャットにメッセージを送った。
【六時には会社を出る。荷物が多いから迎えに来るの忘れないでね】
拓海からすぐに返事が来た。
【わかった。仕事が終わったらそのまま向かう】
健太も返信した。
【俺は車で行く。予備の段ボールも持ってく】
航平からもメッセージが届いた。
【俺も仕事が終わったら合流する】
そのやり取りを見て私はようやく少しだけ安心した。
午後六時ちょうど、私は段ボールを抱えて、オフィスビルを出た。
辺りはすでに薄暗く、入口の街灯がともり始めていた。
階段の脇に立ち、まず十分待った。六時二十分になっても、拓海は来なかった。
健太も航平も姿を見せない。私はスマホを取り出し、メッセージを送った。
【着いた?】
誰からも返事はなかった。
さらに数分待ってから拓海に電話をかけたが、呼び出し音が鳴り続けた末に、電話は切れてしまった。
もう一度かけようとしたとき、SNSに柚葉の新しい投稿が表示された。
広々としたリビングに立つ柚葉の背後には、段ボールが山積みになっていた。
【やっと新居の引き渡しが終わった!でも荷物が多すぎて、一人じゃ全然片付かないよ〜】
次の写真には、床にしゃがんで収納棚を組み立てる拓海、本棚を運ぶ健太、フロアランプを抱えた航平が写っていた。
私は写真を拡大し、しばらく見つめてから、ゆっくりと元の大きさに戻した。
なんだ。三人とも柚葉のところにいたんだ。
段ボールを抱えたまま動かない私を見かねたのか、警備員さんが近づいてきた。
「彼氏さん、まだ来ないんですか?」
私は無理やり口角を上げた。
「ちょっと用事ができたみたいで」
警備員さんは段ボールをタクシーのトランクに積み、ミントの鉢植えも座席の脇に置いてくれた。
タクシーが走り出してしばらくすると、ようやく拓海から個別メッセージが届いた。
【菜月、まだ会社にいるのか?】
続けてもう一通。
【今日、柚葉の引っ越しだったんだよ。健太が迎えに行ってると思ってた】
すぐに健太からもメッセージが来た。
【俺は拓海が迎えに行ったと思ってた】
航平も言い訳するように送ってきた。
【俺は二人でうまくやってると思ってたよ】
三人の言い訳を眺めているとなんだか笑えてきた。みんな誰かがやってくれると思っていた。
だから結局、会社の前で待ちぼうけを食らったのは、私一人だったのだ。
拓海からまたメッセージが届いた。
【今から迎えに行こうか?】
私は段ボールを抱えていたせいで赤くなった手のひらを見つめ、返信した。
【もういいよ】
その夜、家に帰って玄関の扉を開けると、リビングにはスーツケースのそばに座る柚葉の姿があった。
上着を着たまま、スキンケア用品の入ったポーチを抱えている。
「菜月、ごめんね。急にお邪魔しちゃって」
私は靴を脱ぐ手を止めた。
「どうしたの?」
「新居の給湯器が壊れちゃって。管理会社に聞いたら、修理は早くても明日になるって言われたの。今日だけ泊めてもらってもいいかな?」
すると、キッチンから出てきた拓海が、当然のように柚葉のスーツケースを引き寄せた。
「もちろんいいよ。ゲストルームも空いてるし」
健太も彼女からポーチを受け取った。
「必要なものがあったら、何でも言って」
航平はすでにゲストルームの電気をつけ、ベッドにシーツまで敷いていた。
柚葉は部屋の入口に立ち、私に向かって言った。
「一晩だけだから。明日には帰るね」
私は黙ってうなずいた。
柚葉の荷物は、三人が一つずつゲストルームへと運び込んでいく一方、さっきタクシーから降ろしてもらった私の段ボールは、玄関にぽつんと置かれたままだった。