偽りの令嬢に不妊にされた私、それでも夫の子を授かった第1話
第1話は約2,044文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
名家の偽物令嬢だとバレたあの日、本物の令嬢が家に押しかけ、私のお腹をめがけて何度も包丁を突き立てた――そのせいで、私は母になる資格を失った。
婚約者は激怒し、両親も彼女を絶対に許さないと強く言った。
私を慰めるため、婚約者はすぐさまプロポーズしてくれた。両親もその場で絶縁状を書き、私にしっかり療養するよう言ってくれた。
その後、本物の令嬢は国外に逃げ、ミャンマー北部で人身売買されて行方不明になったらしい。自業自得だと、私はそう信じていた。
――結婚して六年後、私は見てしまった。
本来ならミャンマー北部で地獄のような日々を過ごしているはずの彼女が、堂々とお腹を大きくしたまま、私の夫に寄り添っていた。
「六年前、あのとき私がカッとなって手を出さなきゃ、結菜があなたと結婚することもなかったのにね。
でも良かったよ、あなたと両親が私の味方でいてくれて。じゃなきゃあの偽物に刑務所送りにされるとこだった。あの偽物め、まさかずっと目の前で私が生活してるなんて思ってもみなかったでしょ。しかもあなたの子を妊娠してるなんて。
私の子どもが生まれたら、あなたはうまく理由つけて養子にすればいいわ。そしたらあの偽物、私の子の世話を一生し続けることになるのよ。
この数年、本当にありがとうね、湊翔」
彼女のうるんだ瞳を見て、三浦湊翔(みうら みなと)の頬が赤く染まった。
「そんなこと言うなよ。君が無事で生きていくために、あいつと結婚したんだ。
君が大事なんだ。君のためなら、俺はなんだってするよ」
――私を愛していると信じていた夫は、最初からずっと私を騙していた。
私の両親も、すべては実の娘を守るためだった。
そうまでして守りたいなら、彼らなんて――もういらない!
* * *
産婦人科の病院で、絶対に一生忘れられない人影を見た瞬間――
その場から一歩も動けなくなった。体中の血が逆流して、心臓が張り裂けそうだった。
腹に刃物が突き刺さったあの痛みは、今でも脳裏に焼き付いている。
あの時、「君が心配だ」って泣きながら抱きしめてくれた男は、今――
元凶を優しく抱きしめて、彼女のお腹にそっと手を添えていた。
遠く離れていても、彼から溢れ出す父性愛がはっきりと伝わってくる。
私が救いだと信じていたこの結婚は――ただの茶番だった。
「永遠に味方だよ」と言ってくれた両親は、私に黙って証拠を処分し、湊翔に無理やり結婚させた。
それも全部、彼らの実の娘を守るため。
故意に人を傷つけたとしても、刑務所に行かせないように。
……笑わせないでよ。
私は必死に湊翔の視線を避け、震える手に持ったスマホに視線を落とした。
画面が光り、両親からの着信が表示されている。
着信音の急かすような響きが、向こうの焦りを物語っていた。
深呼吸して、心を落ち着け、通話ボタンを押した。
「結菜、どこにいるの?執事が言ってたのよ、昼間に家を出たって……もしかして病院?
ダメじゃないの、あれほど言ったのに、あなたの体は弱いんだから、外出する時は誰かを連れて行きなさいって。
もし何かあったら、私たちどうすればいいのよ?」
手入れされた爪が手のひらに食い込み、私の意識が現実に引き戻される。
このタイミングでの電話。
私の体を本当に心配しているのか?
それとも、真実を私に知られるのが怖いだけ?
「結菜、父さんの声聞こえてるか?今どこにいる?
母さんと一緒にもう病院に来てる。すぐに向かうからな」
優しい声が、鋭い刃のように胸に突き刺さる。
少し考えてから、私は努めて穏やかに答えた。
「婦人科のトイレにいるよ。そんなに焦らなくても大丈夫、ちょっと検査に来ただけだし、大ごとになるわけないでしょ。
それに、私もう子供じゃないんだから、いつまでも迷惑かけてられないよ」
わざと軽く言ってみせた言葉に、電話の向こうで安堵の息が漏れたのがわかった。
数分後、母がトイレに駆け込んできて、私の体を上から下まで見て回った。
「何もなかった?検査はしたの?」
伏し目がちなまつ毛の奥に、不安が滲んでいる。
そしてさっき、慌ただしく立ち去った二人の背中を思い出すと――
察しはついた。
両親が私に付き添っているのは、私が倒れないようにするためじゃない。
瑠菜と鉢合わせしないよう、監視しているだけ。
「母さん、大丈夫だよ。さっき病院に着いたばかりで、ちょっと胃の調子が悪くて。
それで時間かかっちゃって、まだ検査はしてないの」
「それなら良かったわ」
思わず口をついて出た母の一言。
だけどすぐに何かに気づいたようで、顔をしかめて私を見返す。
「まだ検査してなくてよかった、あなた一人で冷たい機械の前に立たせるなんて、可哀想でしょ。
さ、行くわよ。一緒に行こう」
トイレの入り口には、優しそうな中年の男性――私の父が立っていた。
血の繋がりはなくても、私はずっとこの人の掌の中で育ってきた。
世界で一番私を愛してくれている人だと信じていた。
けれど今日、ようやく気づいた。
血の繋がりの前では、その愛すらも簡単に崩れるんだと。
ならば――私からも、相応の「贈り物」を返さないとね。