偽りの令嬢に不妊にされた私、それでも夫の子を授かった第2話
第2話は約1,602文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
「どうしてひとりで来たの?何かあった?」
父が自然に私の左側に立ち、話しかけてくる。母は甘えるように父を見てから、私の肩に顔をうずめた。
「別に大したことじゃないの。ただ、娘が大人になって、私たちのことを気遣ってくれるようになっただけよ」
「でもな、病院にひとりで来るなんてダメだろ、わかったか?」
父は怒ったふりをして私の頬を軽くつねる。その隙を狙って、私は録音を開始していたスマホを父のポケットにそっと滑り込ませた。
「ごめんね、検査に行ってくるから、スマホ預かってて、父さん」
そんな何気ないやり取り。二人ともまったく疑いもせず受け取ってくれた。
婦人科に着くと、私はひとりで手術室に入った。
両親は扉の前に立ち、心配そうに手を振っている。その目は、私のことを案じているように見えた。
昔の私なら、こんな家族を持てたことに心から感謝していたかもしれない。
でも今は……全身がぞわぞわと気味悪くて、まるで無数の毒蛇が私の体を這い回り、今にも牙を突き立てようとしているかのようだった。
「先生、どうでしたか?」
検査がすべて終わった後、母がすぐに結果を手にして、専門医に尋ねた。
一方で父は、持ち歩いているノートを取り出していた。そこには私の好みやアレルギーなどが細かく書き込まれている。
誰がどう見ても、子どもを大切にする素晴らしい両親だ。――もし、私が真実を知らなければ。
「父さん、母さん、ちょっとトイレ行ってくるね」
私は甘えるようにスマホを父から受け取り、震える手でトイレへと向かった。
録音を再生する前に、心の中で何度も心の準備をした。
それでも、最初の一言で胸が締めつけられ、息が詰まった。
「岡田さん、奥さん、結菜さんはこの数年でかなり回復されてますよ。当時の傷もすっかり癒えています。しっかり養生すれば、そう遠くないうちに妊娠も可能です。となると、今飲んでいる薬はそろそろ……
このまま飲み続けると、本当に妊娠できなくなってしまうかもしれません。それはあまりにも酷すぎるのではないかと……」
主治医の声だった。どこか申し訳なさそうに聞こえる。
女性から母になる権利を奪うということ――それ自体が残酷なことだと、彼はわかっているのだ。
だが、次の瞬間、父の声がそれを遮った。
「余計なことは言わなくていい。薬は止めるな。
子ども産めないなら、養子を取ればいい。産む苦労もしなくて済むしな」
母もすぐに続いた。
「結菜は元々身体が弱いんだから、子どもを産まない方がいいのよ。あなたが口出すことじゃない。医者なら医者らしく、自分の仕事だけしてなさい。わかった?」
二人の口調は冷たく、威圧的だった。医師は慌てて応じた。
「い、いえ、口出すつもりは……ただ、あまりに薬が強いので、このままだと結菜さんは妊娠できないどころか、体にも深刻な影響が……」
深刻な話のはずなのに、父の声はまるで気にも留めていなかった。
「わかってる。それはお前が考えることじゃない。お前は、彼女の体をちゃんと回復させるだけでいい。あとのことは俺たちが決める」
「はい……」
録音が終わったとき、私は全身が凍りついたような感覚に襲われた。
何年も、私は湊翔に子どもを産んであげられないことを、ずっと申し訳なく思っていた。
両親はいつも優しく言ってくれた。「君のせいじゃない、無理しなくていい」と。
でも――全部、嘘だった。
私が妊娠できないのは、私のせいなんかじゃない。
彼らが、私が湊翔の子どもを産むことを、許さなかっただけ。
私には、その資格がないと、そう決めつけられていた。
本当の娘だけが、その資格を持っていると。
だから、何年経っても、薬を飲み続けさせられていたんだ。
全部、偽りだった。医者も、優しさも、私のためなんかじゃなかった。
涙が頬をつたって止まらなかった。体は震え、足元から力が抜けていった。
「結菜」
トイレの扉の外から、声が聞こえた。
私が戻らないことに気づいた母が、ノックしていた。