別れた後、仏弟子の婚約者は後悔で気が狂った第1話
第1話は約2,098文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
私の婚約者の真宮湊(まみや みなと)は、清廉な仏弟子だった。
付き合って二年になるけれど、彼は一度たりとも私に触れたことがない。かつて仏の前で「戒を破らぬ」と誓ったからだと言う。
湊はさらに、妊娠するまでは籍を入れるつもりはないと、人工授精を先に受けるよう求めてきた。
ようやく妊娠がわかったとき、湊は静かに微笑んで、私に盛大な結婚式を約束してくれた。
けれど、結婚式当日、私は彼に九十九回電話をかけたが、彼はとうとう現れなかった。
代わりに届いたのは、彼の義姉香月紗良(こうづき さら)からの一通のメッセージ。
添付されていた動画に映っていたのは、ベッドの上で彼女と絡み合う湊の姿だった。あの清廉な彼の面影など、そこには微塵もなかった。
その瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れた。
戒を破れなかったんじゃない。私が、愛される相手じゃなかっただけ。
しばらくして、湊からメッセージが届いた。
【昨日の夜、紗良が熱を出してね、放っておけなかった】
【君も知ってるだろう。兄貴はもういない。今、彼女には俺しかいないんだ】
【結婚のことは、彼女の体調が落ち着いてから、改めて考えよう】
私はスマホの画面を見つめたまま、ただ黙って涙をこぼした。
そして父に電話をかけた。
「お父さん、決めたよ。政略結婚、受けることにした」
* * *
私の婚約者の真宮湊(まみや みなと)は、清廉な仏弟子だった。
付き合って二年になるけれど、彼は一度たりとも私に触れたことがない。かつて仏の前で「戒を破らぬ」と誓ったからだと言う。
湊はさらに、妊娠するまでは籍を入れるつもりはないと、人工授精を先に受けるよう求めてきた。
ようやく妊娠がわかったとき、湊は静かに微笑んで、私に盛大な結婚式を約束してくれた。
けれど、結婚式当日、私は彼に九十九回電話をかけたが、彼はとうとう現れなかった。
代わりに届いたのは、彼の義姉香月紗良(こうづき さら)からの一通のメッセージ。
添付されていた動画に映っていたのは、ベッドの上で彼女と絡み合う湊の姿だった。あの清廉な彼の面影など、そこには微塵もなかった。
その瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れた。
戒を破れなかったんじゃない。私が、愛される相手じゃなかっただけ。
しばらくして、湊からメッセージが届いた。
【昨日の夜、紗良が熱を出してね、放っておけなかった】
【君も知ってるだろう。兄貴はもういない。今、彼女には俺しかいないんだ】
【結婚のことは、彼女の体調が落ち着いてから、改めて考えよう】
私はスマホの画面を見つめたまま、ただ黙って涙をこぼした。
そして父に電話をかけた。
「お父さん、決めたよ。政略結婚、受けることにした」
「ほんとか!本気で考え直してくれたのか」
電話口から聞こえた父の声が急に大きくなった。抑えきれないほどの高揚が、言葉ににじんでいた。
その声を聞いた瞬間、胸がじんと熱くなった。少し、申し訳なさも込み上げてくる。
あの頃、私が湊と付き合い始めたとき、父は頑なに反対していた。
「家柄も釣り合わないし、あの男は仏門だの戒律だのと言ってる変わり者だ。お前が苦労するのが目に見えてる」と。
でも当時の私は、恋に目がくらんでいた。父の忠告なんて聞く耳も持たず、ただ湊と一緒になることしか考えていなかった。
それが今、恋に裏切られ、心も身体もぼろぼろになって、ようやく父の言葉の意味がわかった。
電話では少しだけ父と話し、私は三日後に家へ戻って政略結婚に応じると約束した。そして通話を切った、その直後だった。
湊から電話がかかってきた。
「陽菜(はるな)、なんでずっと返信してくれないんだ?
今日は本当に悪かった。ちゃんと盛大な結婚式を挙げて、償うよ」
声は相変わらず優しかった。
でも私は、紗良から送られてきた、あの動画を思い出すだけで心の中に残るのは、乾いた虚しさだけだった。
私は静かな口調で言った。
「もういい。結婚式なんて、どうでもよくなった」
その瞬間、電話越しの湊の声が冷たくなった。
「陽菜、お前……そんなことで怒ることないだろう。
ちゃんと説明したし、謝ったじゃないか。紗良が病気なんだ。俺が面倒見るしかないんだよ。
夫を失った彼女は、今じゃ俺だけが頼りなんだ。いずれ俺たちは家族になるのに、なんでそんな冷たいことが言えるんだ」
私はかすかに自嘲の笑みをこぼし、目が潤んだ。
どうして、今までこの人の芝居に気づけなかったんだろう?
堪えていた涙が目の奥にじんわり広がる。私は言った。
「どうせ結婚式もしてないし、入籍もしてない。湊、もう終わりにしよう。
私はもうあなたと結婚したくない」
その一言が、湊を逆上させた。
「陽菜、お前、自分が俺の子を身ごもってるからって、好き勝手していいと思ってるのか」
ふっと、電話口で、彼は冷ややかに鼻を鳴らした。
「どれだけ薬を飲んで、注射を打って、やっと妊娠したと思ってるんだ。そう簡単に俺の元を離れられるわけがないだろ。
いい加減、意地を張るな。とにかく戻ってこい。家で待ってる」
そう言って、一方的に電話は切られた。
私はそっと、自分の腹に手を当てた。胸の奥が、きゅっと苦しくなる。
この子を授かることが、かつての私の、いちばんの願いだった。