別れた後、仏弟子の婚約者は後悔で気が狂った第2話
第2話は約1,696文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
子どもさえいれば、湊と結婚できる。彼の本当の妻になれると、信じていた。
だけど今、すべてが変わってしまった。
私は家に戻らず、タクシーを拾い、そのまま病院へ向かった。診察室に通されると、迷いなく医師に告げた。この子を、おろしてほしいと。
手術室を出たとき、全身の力が抜けて、足元さえおぼつかなかった。
平らになったお腹にそっと手を添えると、こらえていた涙が静かに頬を伝った。
私はどうにか体を引きずるようにして、かつて湊と一緒に暮らしていた家へ向かった。
大切な物と書類を取りに行くためだ。
玄関の扉を開けた瞬間、目に飛び込んできた光景に、胸がえぐられるような痛みが走った。
紗良がミニスカート姿でソファに座り、その足を湊の膝に無造作に投げ出していた。
湊はと言えば、仏門の戒律を口にし、三年間は女に触れないとまで言っていたその口で、彼女の脚に手を添え、優しくマッサージをしている。
二人はまるで、新婚の夫婦のように笑い合っていた。
私と付き合っていた頃、湊は一度も同じベッドに寝てくれなかった。「戒律だから」と、いつもそう言っていた。その言葉を、私は一途に信じていたのに。
もう、愛されているかどうかなんて、はっきりしていた。
私の存在に気づいた湊は、余裕の笑みを浮かべた。まるで、私がどうせ戻ってくると確信していたかのような表情で。
紗良は芝居がかった声で口を開いた。
「陽菜、昨日のことは本当にごめんなさい。大事な日だったのに、私のせいで湊を引き留めてしまって……
でもね、病気がしんどすぎて……あなたも怒ってないよね」
私は無言のまま彼女を通り過ぎた。あの芝居を相手にする余裕なんて、もう残っていない。それよりも、術後の身体がきつくて、早く必要なものだけ持って出たかった。
湊のそばを通りかかったその瞬間、不意に腕を掴まれた。
彼は眉間に深いしわを寄せ、陰鬱な表情で言った。
「お前さ、ほんとに礼儀ってもんがないのか?義姉が話しかけてるんだぞ。なんで挨拶のひとつもできないんだ」
私は腕を力いっぱい引き抜き、口元に嘲るような笑みを浮かべた。
「湊、私たち結婚もしてないし、籍も入れてない。彼女が義姉だなんて、どこから出た話」
言い終えるか終えないかのうちに、部屋の空気がぴたりと凍りついた。
湊は一瞬だけ呆けたような顔を見せた。まさか私が反論するなんて、思ってもいなかったのだろう。
紗良はすぐに目元を潤ませ、しゃくり上げるような声を漏らした。
「いいの、湊。陽菜がまだ私に怒ってるって、わかってる。昨日はあんな大事な日だったのに、私が呼び出しちゃって、陽菜は、きっと一生、私のことなんて許してくれないだろう」
そう言ったかと思うと、ふらりと力なくその場に崩れ落ちた。
湊は慌てて彼女の身体を抱きとめ、まるで宝物を扱うかのようにソファへと運んだ。その瞳には、紛れもない優しさと気遣いがにじんでいた。
そして私を振り返ったそのときには、怒りが剥き出しになっていた。
「陽菜、お前、妊娠してるからって、紗良をいじめていいとでも思ってるのか?
彼女、まだ熱も下がってないんだぞ。お前のせいで、どれだけ無理してると思ってるの」
あまりの理不尽さに、笑いすらこみ上げてくる。
私はもう、これ以上相手をするつもりもなく、その場を去ろうと踵を返した。
と、その瞬間、突然頭皮に鋭い痛みが走った。
湊が背後から私の髪を掴み、力任せに引き戻したのだ。
無理やり顔を上げさせられ、彼の冷たい瞳がすぐそこにあった。
「逃げられると思うなよ!
紗良は今、生理中で熱もある。下着が汚れてるんだよ。お前が洗え」
彼の視線をたどると、ソファの横に無造作に置かれた、血のついた下着が目に飛び込んできた。吐き気がこみ上げる。
「自分で洗え」私は怒鳴り返し、必死に抵抗した。
だが湊は完全に逆上していた。冷笑を浮かべたまま、私をずるずると浴室へ引きずり込み、汚れた下着を洗面器に放り込むと、水道の蛇口をひねった。そして、私の手を無理やり冷水の中へ押し込んだ。
真冬の冷たい水が、まるで無数の針のように肌に突き刺さる。手術を終えたばかりの下腹がズキズキと痛み、目の前がぐらりと揺れて、今にも倒れそうだった。