夫が障害者のふりをして家計を逃れようとしたので、本物の障害者にしてやった第3話
第3話は約2,519文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
義母は一瞬目を見開いた。
「あの人は二十年も話せてないのよ。耳が不自由なのは間違いないわ」
私は義母の手を取った。
「お母さん、今日だけ会社休んでもらえない?」
私の真意は分からないものの、義母は一日の休暇を取ってくれた。
私たちはまず、健二が事故に遭った後に運ばれたという病院を訪ねた。
健二の保険証で病歴を確認すると、そこには単なる打撲との記録しかなかった。
入院どころか、ICUに運ばれた形跡すらない。
義母は病歴を食い入るように見つめ、声を震わせた。
「これ、どういうこと?」
私は静かに言った。
「お母さん、お父さんはここの病院の医師だったんですよね」
この病院の医師なら、診断書や病歴の改ざんなど造作もないことだったはず。
義母の顔から血の気が引いていく。
「まさか、健二は本当は......」
私は黙って頷き、スマホを取り出した。
昨日、買い物のついでに隠しカメラを仕掛けておいたのだ。
夜中、健二が寝静まった頃を見計らって設置していた。
映像には健二の姿がない。
少し巻き戻すと、義父が寝室に入り、健二を起こす場面が映っていた。
「おい、起きろよ」
健二は目を開け、意地の悪い笑みを浮かべた。
「母さんと由美は出かけたの?」
「ああ」
その一言で、健二はぱっとベッドから飛び起き、足を伸び伸びと動かし始めた。
「いやあ、麻痺のふりも骨が折れるよ。夜中に寝返りも打てないなんて」
健二は不満げに言った。
「父さん、もし由美が本当に漢方医に連れて行ったらどうする?」
義父は冷静に答えた。
「我慢できさえすれば問題ない。名医が来ても治せないふりをすればいいだけだ」
「でも、もう限界だって」
「漢方なんて大したことないさ。せいぜい鍼と漢方薬だろう。
しばらく様子を見れば飽きてくる。
その後で適当な口実を作って、母さんと由美を遠くへ行かせれば、俺たちは自由になれる」
健二は親指を立てて笑った。
「さすが父さんだな。こんな策を考えつくなんて、天才的だよ!」
その後、父子は気取った様子で肩を組んで寝室を後にした。
映像を止めた。二人の偽装は分かっていたものの、この会話を耳にすると怒りが込み上げてきた。
真実を知った義母はさらに激しい怒りに震えていた。
スマホを握り締めた手が震え、顔は朱に染まっていた。
「なぜ......なぜこんなひどいことを」
義母の声が震えた。
「許せない!」
義父に二十年以上も騙され続けたことも酷いが、それ以上に健二の裏切りが義母の心を引き裂いていた。
父親が母を騙し続けていると知りながら、母の味方になるどころか、自らも病を装って母を欺くなど、人として許されることではなかった。
義母が即座に家に戻り、二人を問い詰めようとするのを、私は引き止めた。
「お母さん、このまま暴くのはもったいないと思いません?」
実は、義母に話す前から私は入念な準備をしていた。
前世で義母は母に次いで私を大切にしてくれた人だった。
いつも「健二の治療は諦めなさい」と私を諭し、「男二人くらい、私が養っていけるわ」とまで言ってくれた。
安アパートで寄り添って暮らしていた頃、私の痩せた姿を見かねては肉を買ってきてくれた。
自分は漬物だけを口にして、「私は菜食主義なの」と嘘をついてまで、私のことを気遣ってくれた。
それでも健二は義母の実の息子だ。
もし義母が健二を傷つけることを望まないのなら、私はすぐにでも健二と離婚するつもりだった。
幸い、私の読みは正しかった。
義母は分別のある人だった。
おそらく健二と義父に深く傷つけられたのだろう。
義母は迷わず私の味方につき、こう尋ねた。
「どうするつもり?私に何か手伝えることはある?」
家に戻り、私たちは夫と義父を漢方医に連れて行くことにした。
診療所の前には「この医者のせいで足が不自由になった、許せない」という内容の看板を掲げる人がおり、大勢が入り口で騒ぎ立てていた。
その光景を目にした健二は慌てて尋ねた。
「由美、本当にここの先生は大丈夫なの?」
もちろん、私たちは義母と共に時間をかけて、評判の最悪な医者をわざと探し出していたのだ。
私が口を開く前に、通りがかりの男が声をかけてきた。
「ここで診てもらうんですか?やめておいた方がいいですよ。
この先生は何人も歩けなくしてますから」
健二は青ざめた顔で振り返った。
「由美、今の聞いただろう?こんな医者はやめよう。帰ろう」
私は健二を前へ押しながら言った。
「この先生のこと、よく調べたのよ。
確かに何人かを不自由にしたけど、何十人も治してるの。
どうせ今は歩けないんだから、治らなくても損はないでしょう」
私が一切取り合わないのを見て、健二は義母に助けを求めた。
「母さん、こんな怪しい医者、信用できないよ。由美を止めてくれよ」
ところが義母は義父の手を引きながら前へ進んだ。
「由美の言う通りだわ。ダメもとで試してみましょう」
入口の騒ぎにもかかわらず来院した私たちを、牛島先生は意外そうに、しかし快く迎え入れた。
健二と義父の症状を診た後、すぐさま鍼治療を始めると告げた。
健二の顔が青ざめた。
「本当に、できるんですか?」
「若者、私を信じなさい。同じような症状の方を十数人も治してきたんだから」
「でも外では先生のことを、ヤブ医者だって......」
「それにはわけがあってね。あの若者は保険金詐欺のために麻痺を装っていた。
ある経穴への施針は本物の障害には効果があるが、健康な人が装って受けると逆に麻痺する危険があるんだよ」
その言葉を聞いた健二は、額に冷や汗を浮かべ、義父に目配せした。
義父は落ち着くようにと目で返した。
鍼を打つ間、健二の足が微かに震えているのが見えた。
「由美、実は俺......」
「なに?」
義父が突然健二の肩を強く叩き、彼は言葉を飲み込んだ。
「鍼が怖いんだ。漢方薬だけじゃダメかな」
「お薬も飲むし鍼も打つの。両方やった方が早く効果が出るわ」
やがて牛島先生が鍼を持って戻ってきた。
施術が始まると、健二は目を固く閉じ、両足の筋肉が一瞬こわばるのが見えた。
これほどの恐怖を感じながらも演技を続けられるなんて、相当な根性だと感心した。
施術から三十分後、牛島先生が最後の鍼を抜いた瞬間、健二が悲鳴を上げた。
「由美!足が......足が動かない......」