弟のメスで死んだ日第3話
第3話は約1,858文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
手術の日、母さんは手術室の前でそわそわしながら中の様子をうかがっていた。
けれど、母さんが気にかけていたのは俺じゃなく、初めてメスを握る修斗のほうだった。
臆病な修斗は、俺の頭にメスが入ったその瞬間から、ずっと手を震わせていた。
そばにいた指導医が「もうここまでにしろ」と止めたのに、修斗はそれでも「自分の力を証明したい」と言い張った。
手術が始まって間もなく、彼のミスが原因で俺の心拍は一気に危険なラインまで落ち込んだ。
慌てた別の医師が、修斗の手からメスをもぎ取るように取り上げた。
修斗はひどく取り乱し、そのまま手術室を飛び出して母さんのところへ走って行った。
だが母さんは、命の危機にある俺のことなどまるで眼中になく、ひたすら修斗をなだめ続けるばかりだった。
そのうえ母さんはわざわざ休みを取って、怯えきった修斗に付き添うため、家で一緒に過ごすことにした。
俺が死んだあとも、病院の医者や警察が何度も母さんに電話をかけてきたが、母さんは全部途中で切ってしまった。
数日後、修斗は「精神的にもう限界で、メスなんて握れない。どこかへ行って気分転換したい」と言い出した。
母さんはすぐさまモルディブ行きのチケットを予約し、修斗の付き添い役として一緒に旅行へ出かけた。
俺が生きていた頃、何度か母さんに「家族でどこかに旅行に行きたい」と言ったことがある。母さんとちゃんと向き合って過ごせる数日が欲しかったのだ。
けれどそのたびに、母さんは冷たく言い捨てた。「私は毎日、忙しくて死にそうなのよ。あんたの遊びに付き合ってる暇なんかあると思う?」
後になって分かったのは、母さんがそこまで断り続けた理由はただ一つ、病院に入ったばかりの修斗が心配で、少しでも長くそばにいてやりたかったからだということだった。
ここ何年も、母さんはそのほとんどを修斗に費やしていて、俺が学会で賞を取ったときでさえ、祝うどころか一分たりとも時間を割こうとはしなかった。
母さんにとって俺は、ただの厄介者で、余計な手間を増やす面倒な存在でしかなかった。
それなのに今、その「忙しくて死にそう」が口癖だった母さんが、修斗の気晴らしのために一ヶ月も仕事を休んで、一緒にのんびり旅に出ている。
飛行機が着陸した途端、修斗は大きく伸びをして言った。「やっぱり場所を変えるとさ、気分がだいぶ楽になるね。……でもさ、母さん。これ、兄貴が知ったら怒るかな?ずっと旅行に行きたいって言ってたじゃん?」
母さんは俺の名前が出た途端、あからさまに不機嫌そうな声になった。「なんでわざわざあの子の話なんかするの?あの子に怒る資格なんてないでしょ。あんたがトラウマになるまで怖い目にあったのも全部あの子のせいよ。あんたが本当に二度とメスを握れなくなったら、そのときはあの子の手を折ってやるから」
修斗はうつむいたまま、どこか自分を責めながらも理不尽さをこらえる顔でぽつりと言った。「ごめんね、母さん。全部僕がドジだから悪いんだ。兄貴みたいに優秀じゃないし、あんな若さで皆に持ち上げられるような執刀医には、どうせなれないし」
母さんは修斗の頭を本当に愛おしそうに撫でて言う。「何言ってるの、ばかね。あの子なんて、あんたほど出来た子じゃないわよ。ただあんたよりちょっと早く現場に出ただけ。みんながちやほやするのだって、母さんに気を使ってるだけなんだから」
俺は思わず口をゆがめた。院長になる前の母さんは、国内でも有名な心臓外科のエース執刀医で、子どもの頃の俺にとっては、ずっと背中を追い続けたい憧れそのものだった。
なのに、俺が医者を目指し始めてからの母さんは、一度も手を貸してくれないどころか、「あんたには向いてない」と何かあるたびに水を差してきた。
学会で賞を取ったときでさえ、人前で「本当に自分の実力なの?」なんて平然と言ってのけて、俺の顔に泥を塗ったこともある。
修斗はといえば、昔からちゃらんぽらんで、医学部に進んだのも、いずれ母さんのポストを継ぎたいという打算があったからに過ぎない。
そのうえ、俺とは別の脳外科を選んだのも、同じ分野で比べられて俺より劣っていると思われるのが嫌だっただけだ。
それでも母さんは、国内の名だたる専門家たちに頭を下げて回り、修斗のために脳外科の個人レッスンまで用意してやった。
けれど修斗は母さんに甘やかされて育ったせいで、少しの苦労にも耐えられず、そのくせ早く結果だけは欲しがっていた。
そして、その歪んだ親子の期待と焦りの行き場は、決まって俺という都合のいい生け贄に向けられるのだった。