弟のメスで死んだ日第2話
第2話は約1,804文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
少し前、俺は母さんが働いているこの病院で、脳腫瘍だと診断された。
情けないことに、院長である母さんはそのことを知ろうともしないどころか、俺のことを「また大げさに騒いでいるだけだ」と決めつけていた。
診てくれた担当医は、今の俺の状態はかなり危険だと言い、「もし全国的に名の知れた脳腫瘍の権威・倉田教授に執刀してもらえれば、まだ助かる見込みがあります」と教えてくれた。
しかも、その倉田教授は、母さんの学生時代の同期で、今も付き合いのある友人だという。
俺は何度もカルテを握りしめて母さんのところへ行き、助けてほしいと頭を下げた。
けれど母さんはカルテに目もくれず、書類を床に叩きつけて言い放った。「私は忙しいのよ。いい加減、毎日こんな茶番に付き合わせるのはやめてくれない?」
そのうち俺の病状はみるみる悪化し、視神経が圧迫されたせいでついには失明してしまい、毎日ベッドに寝たきりで、痛みだけを黙って耐える日々になった。
見かねた担当医が母さんのもとを訪ね、「院長、蒼一くんは本当に危険な状態です。どうか助けてあげてください」と訴えてくれた。
母さんは顔を上げもしないで、氷のように冷たい声で答えた。「あの子に何を渡されたの?そこまでして私を騙す芝居に付き合って、楽しい?
どうせ私の気を引きたいだけでしょ。脳腫瘍だなんて、それらしい病名まで持ち出してさ。本当に脳腫瘍だったら、それはそれで静かになってくれて助かるくらいよ。
これ以上あの子の茶番に付き合うなら、あなたごとクビにするわよ。さっさと出て行きなさい!」
医者はまだ何か言おうとしたが、微動だにしない母さんの横顔を見て、諦めたようにそっと首を振った。
倉田先生に頼むことはできなかったが、もうこれ以上は待てないほど、俺の病状は限界まで進んでいた。
そこで主治医は仕方なく、せめてもの手として、この病院で一番腕の立つ脳外科医に、先に執刀を依頼する段取りをつけてくれた。
手術の前に、俺は担当医に頼み込んで、母さんにビデオ通話を繋いでもらった。もう両目は見えなかったけれど、それでも母さんの声が聞きたかったし、最後の最後でもう一度だけ、本当に病気なんだと信じてほしかった。
なのに返ってきたのは、やっぱり母さんの嘲りだった。「あら、今度は新しいネタ?今度は目が見えないフリまでして。そんな芝居で、私が信じるとでも思ってるの?
いい加減にしなさい。その程度ならちょっとした手術で終わるんだから。いつまでくだらない騒ぎばかり起こしてるのよ!」
俺が言葉を探しているあいだに、別の患者に呼ばれたらしく、母さんは通話をぷつりと切ってしまった。
ところが、夜になって思いがけないことが起きた。母さんが俺の病室に現れて、手作りの栄養たっぷりな夕食を差し出してきたのだ。
俺が倒れてからずっと顔も見せなかった母さんが、病室に来てくれたのはこれが初めてだった。
胸が少しだけ軽くなりかけたところで、母さんは何でもないことのように言った。「そうそう。あんたの執刀医、修斗に替えておいたから」
その一言で、頭が真っ白になった。有名な専門医に頼めなかっただけでも十分きついのに、よりによって、まだ研修中の修斗を執刀医に据えるなんて――それはつまり、俺に死ねと言っているのと同じだった。
俺は必死で母さんにすがりついた。「母さん、お願いだから……修斗に手術なんてさせないでくれ。これが本当に、俺が生き延びられる最後のチャンスなんだ。生きたいんだよ、俺は。土下座だって何だってするから、どうか考え直して」
けれど母さんは代わりに俺の頬を思いきりひっぱたき、怒鳴りつけた。「どうしてあんたみたいな自己中の出来損ないを産んじゃったんだろうね!修斗はやっと研修に入ったばかりなんだよ?少し腕を磨かせてやるくらいで死ぬわけないでしょ!」
俺は涙声で何度も叫んだ。「嫌だ……母さん……お願いだよ……本当に生きていたいんだ。生きていられるなら、どんなことだってするから……」
それでも母さんはまるで聞く耳を持たず、持ってきた料理をさっさと片づけながら言い捨てた。「まったく、素直にしてればいいものを。たかがこれくらいのことで、いつまで大げさに騒いでるつもり?もう決めたことよ。これ以上ゴネたって、何も変わらないから」
そう言うと母さんは荷物をつかみ、振り返りもしないで病室を出て行き、俺はただ、終わりの見えない暗闇と絶望の中にひとり取り残された。