恋が終わっても、君だけは残った第1話
第1話は約2,037文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
私は若松日菜(わかまつ ひな)。
親友の吉田綾香(よしだ あやか)とは、結婚を考える相手ができたら必ずお互いに会わせ、2人とも納得した人としか結婚しないと約束していた。
西園渉(にしぞの わたる)と付き合い始めたその日、私はさっそく彼を綾香に会わせた。
綾香は渉を上から下まで見て、あからさまに品定めした。
「背、高すぎない?年も離れてるし、職場だって日菜の会社から遠いじゃん。
別れなよ。日菜には合わないって」
2人の間に挟まれた私は、気まずくて手のひらに汗がにじんだ。
ところが渉は、むしろ負けん気に火がついたらしく、綾香をまっすぐ見返した。
「背が高いなら、俺がかがめばいいだろ。
年上なのが気になるなら、老け込まないようにする。
職場が遠いなら――」
渉はそう言って私の手を握った。
「結婚したら、日菜の会社の近くに家を買う。
俺なら日菜を任せられるって、絶対認めてもらう」
あの日、2人はテーブルを挟んでにらみ合っていた。
綾香は冷ややかな目を向け、渉も一歩も引こうとしなかった。
あまりの険悪さに、私も口を挟めなかった。
それからも、2人は顔を合わせるたびに何かと張り合っていた。
でも、そんなやり取りにも、私はいつの間にか慣れていた。
そんなある日、綾香の誕生日プレゼントがなかなか決まらず、何かヒントがないかと彼女の通販アプリにログインして、カートの中をのぞいてみた。
そこで偶然、綾香と「W」という相手のやり取りを見つけた。
メッセージは1000件を超えていた。
2人はお気に入りのシャンプーやスキンケア用品を教え合い、季節の変わり目にはお互いの服を選び、私へのプレゼントまで2人で相談して決めていた。
最新のメッセージは、綾香からだった。
【私たち、こんなことしてちゃだめだよ。日菜は私のいちばんの親友なんだから】
Wからは、すぐに返事が来た。
【綾香は悪くない。悪いのは俺だ】
【俺が綾香を好きになったのが悪い。こんなふうに困らせたくなかった】
【やり直せるなら、あのとき日菜とは絶対に付き合わなかった】
その瞬間、画面を見つめたまま、さっと血の気が引いた。
そのとき、ようやくわかった。
綾香をこんなにも想っている「W」は――
私の恋人、西園渉だった。
* * *
私はその場にへたり込み、指先が震えて、スマホさえまともに持てなかった。
それでも、まだ信じたくなかった。
もっと前まで遡れば、何かの間違いだったとわかるかもしれない。そんな思いにすがるように、私は過去のやり取りを辿っていった。
そのとき、「W」から新しいメッセージが届いた。
【昨日、俺が抑えきれなくなってキスした。でも、綾香は拒まなかったよな。……それって、綾香も俺のこと、好きってことだよな?】
スマホが手から落ち、そのまま床に転がった。
胸が締めつけられるようで、うまく息ができなかった。
どうして、こんなことになったんだろう。
私も綾香も、親のいない子どもだった。
15歳の頃、暮らしていた児童養護施設の閉所が決まり、私たちもそこを出なければならなくなった。
これからどうすればいいのかわからなくて、私は泣いてばかりいた。
そんな私の手を取って、綾香は一緒に施設を出てくれた。
「大丈夫だよ、日菜。
これからは私が働くから。日菜のことは私がなんとかする」
でも、綾香だってまだ15歳だった。それどころか、私より3か月も年下だった。
その後、綾香は本当に高校を辞め、昼は飲食店、夕方からはコンビニで働くようになった。きついときには、1日4時間しか眠れないこともあった。
それでも、私にお金を渡すときはいつも、何でもないことみたいに笑っていた。
「私、もともと勉強は苦手だったし。学校辞めて働くくらい、別に平気だよ。
でも、日菜は違うでしょ。
日菜は勉強できるんだから、絶対いい大学に行って、今みたいな生活から抜け出すんだよ」
学費も生活費も、全部綾香が1人で出してくれた。
私にとって、綾香は姉でもあり、母親代わりでもあった。自分のことはいつも後回しにして、ずっと私を支えてくれた。
そんな綾香のおかげで、私は大学に進むことができた。そして、そこで渉と出会った。
渉は、私がどうしてあんなに必死に勉強していたのかも、休む暇もなくバイトを掛け持ちしていた苦しさもわかってくれた。人には見せたくなかった劣等感や不安にも、何も言わなくても気づいてくれた。
それでも決して踏み込みすぎず、私の自尊心を傷つけないようにそっと寄り添ってくれた。渉といると安心できたし、少しずつ自分にも自信が持てるようになった。綾香以外で、こんなふうに私を大切にしてくれたのは、渉が初めてだった。
だから私は、どうしても綾香に渉のことを認めてほしかった。私にとって大切な綾香と、いつも私を大切にしてくれる渉が、いつかお互いに支え合えるような関係になってくれたらと思っていた。
それなのに、結局、全部を台無しにしてしまったのは私だった。
そのとき、床に落ちたスマホがまた鳴った。私はしばらく動けずにいたが、それでも手を伸ばしてスマホを拾った。