恋が終わっても、君だけは残った第2話
第2話は約1,991文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
そのとき、また渉からメッセージが届いた。
【熱が出てつらいって言うから、すぐ会いに行った。夜眠れないって言われたら、朝までずっと話してた】
【俺の気持ち、気づいてないわけないよな】
【この先どうにもならなくてもいい。綾香がどう思ってるのか、それだけ聞かせてほしい】
【綾香、頼むから無視しないでくれ。何も返してくれないのは、さすがにきつい】
しばらくして、ようやく綾香から返事が来た。
【私が悪い。自分の気持ちに気づいたときに、ちゃんと線を引くべきだった】
【でも、日菜だけは裏切れない。あの子にだけは、絶対そんなことできない】
【どうすればいいのか、自分でもわからない】
【でも、日菜だけは絶対に失いたくない。今はそれしかわからない】
メッセージを読み終えた途端、涙がこぼれた。
私が何より大切にしている2人が、互いへの気持ちに苦しんでいる。
でも、そのやり取りを見ている私も、苦しくてたまらなかった。2人がどうすればいいのかわからないように、私にもどうすればいいのかわからなかった。
綾香の27歳の誕生日は、もう1週間後に迫っていた。
私は2週間も前から、その日のために準備していた。レストランも自分で選び、飾りつけは3回も練り直した。店内で流すBGMも、夜中まで何度も聞き比べた。
忘れられない誕生日にしてあげたかった。
なのに今は、綾香の顔をまともに見ることさえできそうになかった。
私はもう1度、綾香の通販アプリを開いた。
お気に入りには、最近追加されたばかりのワンピースがあった。アイボリーの上品なデザインで、ウエストには小さなパールボタンが並んでいた。
いつもの綾香なら、まず選ばないような服だった。
それでも、綾香が気に入っていることは、なんとなくわかった。
昔から、綾香は何かいいものがあると、決まって私に譲ってくれた。かわいいワンピースを買うのもいつも私のためで、自分はTシャツに長ズボンという、飾り気のない格好ばかりしていた。
「学校って、結局見た目で判断する子も多いからさ。日菜はちゃんとした服着てたほうが、変に目をつけられなくて済むよ。
私は今ので十分。仕事するなら、そのほうが楽だし」
そのうち私も働くようになり、私の収入だけでも2人で暮らしていけるようになった。もう綾香には、好きなものを買って、好きなように暮らしてほしかった。
けれど、綾香は相変わらず飾り気のない服ばかり着て、自分のために何かを買うことはほとんどなかった。
きれいな服に興味がなかったわけじゃない。
ただ、自分のためにお金を使わないことが、いつの間にか当たり前になっていただけだった。
私はそっと綾香のアカウントからログアウトし、自分のアカウントでそのワンピースを注文した。
支払いを済ませた瞬間、胸の奥がふっと空っぽになった。
今はまだ、綾香とどう向き合えばいいのかわからない。それでも、せめて誕生日くらいは笑っていてほしかった。
そして迎えた綾香の誕生日当日。渉も時間どおりにやって来た。いつも通り、私が乗るときにはドアを開け、綾香のコートも受け取って後部座席に置いてくれた。
車に乗ると、今度はさりげなくエアコンの温度を上げた。
「綾香、寒がりだから。少し暖かくしとくな」
そう言ったあと、渉はふと私のほうを見た。
「日菜は暑くない?」
私は笑って首を振った。
「ううん、大丈夫」
車の中は、別に暑くなかった。
それでも、なぜか胸の奥がひりついた。
走り出してからも、渉はいつもと変わらず私に話しかけてきた。レストランには何時に着く予定なのか、ケーキはもう届いているのか、準備で疲れていないか。
どれも、いつもの渉らしい言葉だった。
優しくて、気が利いて、いつだって私のことを気にかけてくれていた。
何も知らなければ、これから夫になる人として、何ひとつ申し分のない恋人に見えただろう。
それくらい、渉はいつも通りだった。
けれど、赤信号で車が止まったとき、ルームミラー越しに、渉が綾香を見ていることに気づいた。
ほんの一瞬の視線だった。それでも、私にはわかってしまった。
綾香は俯いたまま、何も気づいていないように見えた。けれど、バッグの持ち手は、指先が白くなるほど強く握りしめていた。
なんだか急に、どっと疲れた。
知ってしまったことより、知っているのに知らないふりをするほうが、ずっとつらかった。
レストランに着くと、店内は暖かな黄色い灯りと白いバルーンで飾られ、テーブルには綾香の好きなデイジーが並んでいた。
綾香は入口で足を止め、しばらく驚いたように店内を見回していた。やがて、その顔に嬉しそうな笑みが浮かんだ。
「日菜、ありがとう。すごく気に入った」
胸の奥は苦しいままだったけれど、私も笑ってみせた。
「私たちの仲でしょ。お礼なんていいって。
それより、プレゼントも用意してるから。開けてみて」
1か月前には、渉にも綾香への誕生日プレゼントを忘れずに用意するよう伝えてあった。