恋が終わっても、君だけは残った第3話
第3話は約1,813文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
あのときの私は、渉がちゃんとプレゼントを選んでくれたのか、まだそんなことを気にしていた。
今となっては、そんな心配をしていたこと自体が皮肉だった。
渉が綾香へのプレゼントを適当に選ぶはずなんてなかった。
綾香が少し緊張したように見守る中、私と渉はほとんど同時にプレゼントを差し出した。
よく似た紙袋が並んだのを見て、胸がざわついた。
そして、それぞれ箱を開けた瞬間、3人とも固まった。
中に入っていたのは、まったく同じワンピースだった。
私がこのワンピースを選んだのは、綾香のカートをこっそり見たからだ。
じゃあ、渉は?
思わず渉を見ると、明らかに動揺していた。
「たまたま見かけて、綾香に似合いそうだと思って買っただけだよ」
嘘だとわかった。
それでも、何も聞けなかった。
沈黙を破ったのは綾香だった。私の腕にそっと絡みながら、明るい声を出した。
「さすが恋人同士だね。考えることまで一緒なんだ。まさかプレゼントまでかぶるなんて。
大丈夫だよ。2着あるなら、その日の気分で着ればいいじゃん。せっかく2人が選んでくれたんだし、どっちも着るよ」
私はなんとか笑って、小さくうなずいた。
それを見て、2人とも少しほっとしたようだった。
席に着くと、渉と綾香が私を挟むように座った。
今日は綾香の誕生日なのに、食事が始まると、綾香はいつものように私のことばかり気にかけていた。辛いものは食べすぎないようにと念を押し、魚の骨まで丁寧に取ってくれた。
渉も、エビの殻をむいたり、私の苦手な食材をさりげなくよけたりと、いつもと変わらず世話を焼いてくれた。
2人とも、いつもと何も変わらないように見えた。
それが、かえって苦しかった。
こらえようとしたけれど、気づいたときには涙がこぼれていた。
渉はすぐに私の顔をのぞき込んだ。
「どうした?大丈夫か?」
綾香も心配そうにこちらを見た。
私は急いで涙を拭い、なんとか笑ってみせた。
「何でもないよ。ちょっと感動しちゃっただけ」
そう言ってグラスを持ち上げ、綾香に向けた。
「綾香、乾杯しよ。
今日は誕生日だし、私たちが出会って20年になる日でもあるんだから。ちゃんとお祝いしよう」
綾香もすぐにグラスを上げた。笑ってはいたけれど、その目だけはどこか揺れていた。
「日菜、施設にいた頃、2人でずっと一緒にいようって話したの、覚えてる?
私にとって、日菜は誰より大事な人だよ。何があっても、ずっと一緒にいたい」
隣では、渉のグラスを握る手に、わずかに力が入った。表情もほんの少し曇ったように見えた。
グラスが軽く触れ合った。
けれど、お酒を口にしても、何の味もしなかった。
そのとき、ふいにスマホが震えた。
画面には、診療科長からのメッセージが表示されていた。
【若松先生には、今後の活躍をとても期待しています。今回の海外研修は、これからのキャリアにもきっと生きてくるはずです。
せっかくの機会ですから、ぜひ前向きに検討してみてください】
返信欄を開いたまま、しばらく画面を見つめていた。
少し前までの私なら、きっと迷わず断っていた。
渉にも以前、海外研修の話があった。それでも、私のためにここに残ることを選んでくれた。
綾香も、私の仕事に合わせてこの街に引っ越してきてくれた。
大切な2人がここにいる。だから、私もここを離れるなんて考えたこともなかった。
けれど、ふと顔を上げると、目の前の2人はどこか上の空だった。
あの夜、2人のやり取りを見ていなかったら、今もこんなふうにはなっていなかったのかな。
でも、今さら考えても仕方がない。
もう、知らなかった頃には戻れない。
そう思ったら、不思議と迷いはなくなった。
【先生、今回の海外研修、応募したいです】
出発は1週間後に決まった。
それからの数日も、渉と綾香は今までと変わらず私に接してくれた。
渉は相変わらず毎日送り迎えをし、温かい食事を用意してくれた。私が疲れている日は、何も言わずそばにいてくれた。
綾香も衣替えを手伝い、仕事では無理をしないよう何度も声をかけてくれた。夜になると、体調は大丈夫か、仕事は忙しくないかと、欠かさずメッセージを送ってくれた。
傍から見れば、私たち3人は今までと変わらず仲良く見えたはずだ。
それでも、今も私の知らないところで、2人は何を話しているんだろう、何を想っているんだろうと、考えずにはいられなかった。
仕事の引き継ぎを終えた日、渉は時間どおり病院まで迎えに来た。
私を待つ渉を見た同僚が、笑いながらからかってきた。