愛されなかった娘第1話
第1話は約1,296文字で、このサイトに収録された2章の冒頭章のひとつです。
私は、死んだ。
自分の誕生日の日に死んでしまった。
村上 丈士(むらかみ たけし)さんは私の部屋の大家さんだ。
私は彼のそばに漂い、自分が息絶えた姿を見下ろしていた。
不思議と解放されたような気分だった。
本当のところ、私は自分自身をじっくり見たことなんてなかった。
自分の体と心は常にバラバラな気がして、こんな世界で生き続けることが苦痛だった。
でも今、ようやく解放されたのだ。
* * *
ベッドの上には頬が腫れ、髪が乱れ、すでに息絶えた私の肉体が横たわっている。
私はふわりと近づき、その丸い顔立ちと、ほどよいスタイルに目をやった。
こんなに長い間、自分をちゃんと見つめたことはなかった。
死んでしまった今、見慣れているはずの自分の体が、なんだか見知らぬものに思える。
それを不思議な気分で眺めていた。
大家の村上さんは五十代の中年男性で、これまでは私に親切で、こんな恐ろしい表情を見せたことなど一度もなかった。しかし今、その顔は恐慌と悔恨に歪んでいる。
私は至って冷静だった。
ただ見つめているだけ。彼が取り乱し、後悔の念に沈もうと、何の意味がある?
だって私はもう死んでしまったのだ。
「莉子ちゃん、いるの?」
ドアの外から女性の声が聞こえた。私の死体を前に硬直していた村上さんは、その声でハッと我に返り、死体を見て尻餅をついた。
外で必死に声をかける女の人、彼女は上島 唯(うえしま ゆい)だ。
唯さんは私より八つ年上のバーテンダーで、いつも私を気遣ってくれる姉御肌の女性。
今、彼女は右手にケーキを、左手でドアをガンガン叩いている。顔には焦りがにじんでいた。
「莉子ちゃん、早く開けてよ!」
返事がないことに焦れた唯さんは、ドアマットをめくって合鍵を取り出し、鍵を開けようとしている。
「ダメ、開けちゃダメ!あいつがまだ中にいる!」
私は必死に唯さんに呼びかけ、腕を掴もうとする。だが私の手は、彼女の腕をすり抜けてしまった。
ぼんやりと自分の手を見る。もう触れられない事実を悟った。
唯さんが合鍵でドアを開け、中へ入る。その瞬間、悲鳴が響いた。
「莉子ちゃん!」
慌てて私も中に戻ると、村上さんの姿はなく、カーテンが揺れる窓だけが残っていた。
どうやら逃げたらしい。
私の部屋はとても狭く、ドアを開けたらすぐにベッドが見えるほどだ。
唯さんは床にへたり込み、震える指で携帯を取り出し、「9110」に電話した。
唯さんは現場を荒らさぬよう、私の死体に触れず、ただうずくまって泣きじゃくっている。
その姿を見て、胸がチクリと痛んだ。
ごめんね、唯さん。最後なのにまた泣かせてしまった。
警察はすぐに駆けつけた。十分ちょっとで七、八人ほどがやってきた。
私は唯さんのそばにしゃがみ込み、何もできぬまま見守った。
「これからはもう一緒に過ごせないみたい。夜の仕事、大変だろうけど頑張って。
護身用に防犯スプレーとか持って、用心してね。
唯さん、あなたは私より年上だけど本当は暗い夜が怖いんだよね?ちゃんと懐中電灯は充電してね。毎回私が手伝ってたけど、これからは自分で気をつけて……」
声は届かない。それでも私は独り言をつぶやき続けた。離れたくなかった、少しでも傍にいたかったから。