愛は檻の中で死んだ第1話
第1話は約1,886文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
結婚式で、私・白石栞(しらいし しおり)は、ブライズメイドから誓いの指輪を受け取ったばかりだった。
まだ指輪を交換してもいないのに、神宮寺恭弥(じんぐんじ きょうや)は突然、司会者からマイクを奪った。
「はい、花嫁ごっこはここまで。これからはおとなしく愛人に戻れ」
驚いて顔を上げたものの、何が起きたのか理解できなかった。
すると、ついさっき指輪を運んできたブライズメイド――恭弥がただの親友だと言っていた桐島真奈(きりしま まな)が、親しげに彼の腕に自分の腕を絡めた。
「もう、恭弥ったら。こんなに早くばらしちゃうなんて。この子、さっき控室で私にお礼を言ってたのよ。『今まで恭弥の面倒を見てくれてありがとう。子どもが生まれたら、その子の名前をあなたに決めて欲しい』って」
頭の中が真っ白になり、涙が反射的にこぼれた。
恭弥は愛おしそうに私の頬をつまんだ。
「栞、泣くな。泣いてるお前がかわいすぎて、また騙したくなる。真奈は心が広い。お前がおとなしく言うことを聞くなら、そばに愛人として置いてやってもいいそうだ」
視界が何度も暗くなった。
そこでようやく分かった。
恭弥がただの親友だと言い張っていた真奈は、最初から彼の婚約者だった。
この結婚式の本当の花嫁は、彼女だったのだ。
* * *
「おめでとうございます。神宮寺社長と桐島さんも、ついに今日という日を迎えましたね」
招待客の一人がグラスを手に立ち上がり、笑顔でこちらに掲げた。
「白石さんも、そう落ち込まないで。神宮寺社長に気に入られて、愛人にしてもらえるだけでも幸せでしょう」
あちこちから笑い声が湧き起こった。
「いやあ、神宮寺社長も趣味が悪い」
「この子、まだ大学生だろ。こんな余興、見たこともないだろうな」
私はその場に立ち尽くした。身にまとっているのはウェディングドレスなのに、大勢の前で裸にされ、見世物にされているようだった。
今日ここへ来た人間は、私を除いて全員が真相を知っていたのだ。
恭弥はスーツの内ポケットからカードキーを取り出し、私の手のひらに押し込んだ。
「いい子だから、マンションで待ってろ。式が終わったら会いに行く」
彼は顔を寄せ、吐息が耳に触れるほどの距離から、二人にしか聞こえない甘い声で囁いた。
「約束しただろ。式の翌日は、ベッドから起き上がれないほどかわいがってやるって」
私は呆然と立ち尽くした。
悔しさと屈辱が波のように胸へ押し寄せ、息が詰まった。
「どうして?」
涙をこらえながら、まっすぐ彼の目を見つめた。
「私を好きじゃないなら、そう言ってくれればよかった。どうして、こんなふうに私を辱めるの?」
恭弥はそんな私を見て、いっそう慈しむように目を細めた。
目尻の涙をそっと拭い、優しく言った。
「栞、好きじゃないなんて言ってない。お前は本当に純粋で、かわいい。だから、俺に一途なお前が、騙されていたと知って打ちのめされる姿を見るのが好きなんだ」
全身の血が一瞬で凍りついた。
私は信じられない思いで恭弥を見た。まるで、初めて見る人のようだった。
昨夜、彼が自らドレスの試着を手伝ってくれた姿を、そのときもはっきり覚えていた。
後ろから私の腰を抱き、甘やかすように言ったのだ。
「栞、知ってるか?初めて会ったとき、この子はウェディングドレスが似合うだろうなって思った」
頬を赤らめた私は尋ねた。
「じゃあ、今は?」
彼は笑って、私の耳たぶに口づけた。
「想像してたより、ずっときれいだ」
いつの間にか、真奈がそばまで来ていた。
彼女はすでに、私のものよりさらに豪華なウェディングドレスに着替えていた。
恭弥の肩を親しげに叩き、からかうように言った。
「もうその辺にして、恭弥。泣かせちゃかわいそうよ。栞はまだ若いんだから」
そして私に向き直り、穏やかに微笑んだ。
「安心して。私、心の狭い女じゃないの。言うことさえ聞いてくれれば、これからも不自由はさせないわ」
全身が震え、握り締めた指は感覚を失いかけていた。
深く息を吸い、静かに告げた。
「愛人にはならない」
ほのかな酒の香りが漂っていた。
恭弥は表情を変えず、わずかに眉を上げただけだった。
そして、この上なく優しい声で、この上なく残酷な言葉を口にした。
「栞、大学院の推薦資格は、まだ正式に決まってなかったよな?」
全身が硬直した。唇を開いては閉じたが、声は出なかった。
ほどなくして警備員が二人やって来て、左右から私の腕をつかんだ。
連れ出される間際、恭弥は甘えるように私の鼻先を軽くつついた。
「栞、いい子だから言うことを聞け。騒ぐな。大学に入った年から俺の女だったことは、みんな知ってる。俺のもとを離れて、ほかに行くあてがあるのか?」