愛は檻の中で死んだ第2話
第2話は約1,545文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
マンションは32階にあり、床まで届く大きな窓から街の半分ほどを見渡せた。
冷蔵庫には私の好物がぎっしり詰められ、ウォークインクローゼットには季節ごとに分けられた服が並んでいた。
洗面台の歯ブラシまで、私がいつも使っていたメーカーのものだった。
スマホは取り上げられ、代わりに恭弥が用意した専用端末を持たされた。
私がどこで何をしているか、彼にはすべて分かるようになっていた。
力なくソファに座り込み、ようやく気づいた。
私は彼に飼われる籠の鳥になったのだ。
夜になると、宴席の酒の匂いをまとった恭弥が帰ってきた。
冷蔵庫の中身に手がつけられていないと知ると、瞳に心配そうな色が浮かんだ。
「栞、何も食べずに俺を脅すつもりか?」
私は顔を上げ、かすれた声で言った。
「ここから出して」
それを聞くと、彼は怒るどころか、小さく笑った。
私の前まで来てしゃがみ込み、その仕草だけなら優しいとさえ言えた。
「どこへ行くつもりだ。大学に戻るのか?狭い部屋で暮らして、毎日学食やコンビニで適当に食事を済ませる生活に戻るのか?」
私は答えなかった。
彼は手を伸ばし、顔にかかった髪を耳にかけた。
「どうした?まだ嫌なのか?」
その声には、わずかな苛立ちが混じっていた。
「栞、俺のことは分かってるだろ。俺は滅多に二度目のチャンスはやらない」
目を閉じると、胸をわしづかみにされたような鈍い痛みがした。
返事をせず、逆に尋ねた。
「最初から、ずっと私を騙していたの?」
恭弥は一瞬目を見開き、やがてゆっくり眉をひそめた。
次に口を開いたとき、その顔には苛立ちが浮かんでいた。
「今さら聞いて、何になる?」
彼は私の隣に腰を下ろし、自分のグラスに酒を注ぐと、それ以上何も言わなかった。
記憶は、あの夏へと戻っていった。
彼は3か月かけて私を口説いた。
焦ることも、しつこく付きまとうことも、機嫌を取ろうとすることもなかった。
ただ毎日、私が図書館でいつも座る席の向かいに決まった時間に現れた。
飲み頃のカフェラテを一杯置くと、向かいに座って静かに本を読んだ。
ある日、たまらず尋ねた。
「神宮寺さん、いったい何が目的なの?」
ようやく狙いどおりになったとでもいうように顔を上げた彼の瞳は、きらきら輝いていた。
「決まってるだろ。お前だよ。それ以外に何がある?俺はこれまで、欲しいものは何でも手に入れてきた」
そこで言葉を切り、真剣すぎるほどまっすぐ私の目を見つめた。
「足りないのは、お前だけだ。白石栞さん」
あのときの私は信じた。そして、心を奪われた。
……
その夜、恭弥は私に触れなかったが、質問にも答えなかった。
翌日、真奈がやって来た。
白いクチナシの花束と、遠方から取り寄せた果物を持っていた。
「これ、恭弥がわざわざ産地から取り寄せたの。食べてみて」
私が受け取らなくても気にする様子はなく、果物ナイフを手に勝手に皮をむき始めた。
「栞、まだ慣れないなら、今までどおり何も知らないふりをして、昔みたいに私を『お姉さん』と呼べばいいのよ。そう呼んでいた頃のあなた、本当にかわいかったわ」
そう言うと、彼女は自分でおかしくなったらしく、小さく笑った。
私を見る目は、言うことを聞かないペットでも眺めるようだった。
胃の中のものがせり上がり、その場でえずいた。
そんな私を見て、真奈は少し表情を曇らせた。
「栞、そんな態度を取るなんて、もう少し大人になったら?」
そう言うなり、果物ナイフの刃先で自分の手のひらに浅い傷をつけた。
そしてすぐ、キッチンにいた恭弥の胸に泣きついた。
「恭弥、栞にナイフで切られた……」
恭弥は表情を変えず、こちらへ歩いてきた。
私が説明しようとすると、その前に口を挟んだ。
「分かってる。お前は純粋だから、こんな真似はできない。だが、言うことを聞かなかったのは事実だ。栞、真奈に謝れ」