愛は檻の中で死んだ第3話
第3話は約1,613文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
私は呆然と立ち上がった。
胸の奥が押し潰されるように苦しく、まともに息もできなかった。
「恭弥、嫌だと言ったら?」
かすかな血の匂いが漂っていた。
恭弥は顔も上げず、煙草に火をつけた。
「栞、ずいぶん言うことを聞かなくなったな」
灰を落とすと、顔つきが険しくなり、苛立ちと怒りがにじんだ。
「俺が甘やかしすぎたせいで、自分と俺の立場の違いも忘れたのか?」
言い終わると、玄関の外から警備員が二人入ってきた。
二人はいきなり私の膝裏を強く蹴った。
痛みに耐えきれず、その場に膝をついた。涙が込み上げたが、必死にこらえた。
恭弥の言うとおりだった。
彼は神宮寺グループの社長で、決断は速く、手段にも容赦がなかった。名家の御曹司でさえ一目置く存在だった。
一方の私は、学費にも困る大学生にすぎなかった。
彼が一言命じれば、これまでの努力など簡単に踏みにじられてしまう立場だった。
交際を公表したばかりのころ、友人たちは皆、恭弥は冷酷で、本気で人を愛するような男ではないと忠告してくれた。
けれど、あのころの私は信じなかった。
彼は私を本当に大切にし、怖がらせまいと声を荒らげることすらなかったからだった。
そして今、警備員の平手が頬に飛んできて、ようやく分かった。
彼が欲しかったのは、夫婦で弄ぶための籠の鳥だったのだ。
「謝れば済む、栞」
恭弥は眉を寄せ、指に挟んだ煙草が燃え尽きかけていることにも気づいていなかった。
私は歯を食いしばって彼をにらみ、口を閉ざした。
数秒ほど静寂が続いたあと、再び平手が飛んできた。
今度の平手打ちは、体が横倒しになるほど強く、口元を床にぶつけて血がにじんだ。
さらにもう一度、また一度と続いた。
視界が暗くなり、痛みも次第に麻痺していった。
真奈が止めに入ったのは、それからだった。
「もういいわ、恭弥。あなたの心には私しかいないって、よく分かったから。それにしても、ずいぶんひどくやったのね。まだ若いんだし、聞き分けがないのも仕方ないわ」
彼女は腫れた私の頬を指先でつつき、面白そうに笑った。
「こんな顔になったら、かわいくないじゃない。恭弥、あとでちゃんと冷やしてあげてね」
真奈が帰ると、恭弥は私の前にしゃがみ込んだ。
濡らしたタオルで口元の血をそっと拭う。その手つきは慎重で、優しかった。
「痛いか?」
胸が詰まり、息をするのもつらかった。
返事はしなかったが、目尻から涙が伝った。
恭弥は長く息を吐いた。
「おとなしく謝って、自分の立場をわきまえろ。真奈の機嫌さえ直れば、何事もなく済む」
血を拭い終えると、指先が頬から首筋へ、ゆっくりと滑り落ちていった。
さらに胸元へ下り、ブラウスの一番上のボタンを外した。
体が反射的に震えた。
とっさにうつむき、彼の手の甲に思いきり歯を立てた。
歯の隙間から、たちまち血がにじんだ。
恭弥は低くうめいたが、手を引こうとはしなかった。
長い沈黙のあいだに、その顔はますます険しくなった。
次の瞬間、彼は私の頭を自分の胸に強く押しつけ、これまでにない冷たい声で命じた。
「栞、きれいに舐めろ」
屈辱が背筋を駆け上がった。
とっさに身を引こうとしたが、さらに強く押さえ込まれた。
もがいているうちに、彼は私のブラウスを乱暴に引き開けた。
窓は開いたままで、吹き込む冷たい風に体がこわばった。
「栞、これ以上逆らったら、どうなるか分かってるな」
彼が取り出したスマホの画面には、私の指導教員の電話番号が表示されていた。
その夜、私はもう抵抗できなかった。
涙で何度も視界がかすみ、やがて意識を失った。
すべてが終わったあと、バスルームの隅にうずくまり、長いあいだシャワーを浴び続けた。
彼はバスルームのドア枠にもたれ、煙草を吸いながら、何を考えているのか分からない目で私を見ていた。
「恭弥……大学へ帰りたい。お願いだから」
声は涙で震えていた。
煙の向こうにある彼の表情は、よく見えなかった。
長い沈黙の末、淡々とした声が返ってきた。
「いいだろう。ただし、後悔するなよ」