昨夜の風雨が思い出を濡らす第3話
第3話は約1,576文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
夜が更けるころ、純子は竜介の部屋のドアが半開きになっているのを見かけた。
それは、竜介が彼女を誘っているサインだ。
けれど、今日はいつものように彼の元へ行って挑発することもせず、そのまま自分の屋根裏部屋に戻った。
深い眠りのなか、ひんやりとした手がそっと彼女の胸元のボタンを外した。
竜介が覆いかぶさってきて、純子は彼を押し返そうとした。だが、手が彼の胸にある刺青に触れた瞬間、小さく震えた。
「小山」
かつて、彼を強く想っていたとき、純子はこの刺青を何度も指でなぞりながら、汗まみれの彼の体を感じていた。
どんなに彼が冷たく振る舞っても、自分の名前を胸に刻んでくれたのだから、きっと愛してくれていると彼女は思っていた。
けれど、今彼女は分かった。そこにあるのは「小山純子」ではなく、「小山怜里」だ。
胸に刻まれるほどの存在は、最初から純子ではなかったのだ。
そう気づいた瞬間、純子の胃がキリキリと痛み、吐き気がしてきた。
竜介の顔がわずかに陰った。
彼が口を開くより先に純子が言った。「生理中なの」
竜介の熱い吐息が彼女の首元にかかった。「生理は来週じゃないか」
「彼女、明日帰国するのよ」
「それがどうした?」
口では突き放しているが、彼のアソコは彼女に触れたまま、より硬くなっていた。
純子は心の中で冷ややかに笑った。ただ名前を聞いただけで抑えきれない反応をするなんて、男の体は本当に正直だ。
竜介は突然、彼女から距離をとり無言のままゆっくりとファスナーを上げた。
「エッチする気じゃないなら、それでいいさ」
ならば「彼の望み通り仲介役でも演じてあげましょう」と純子は思った。
翌朝早く、下で物音がして純子は目を覚ました。
「それもこれもぜーんぶ捨てて」
赤いドレスに大きくカールした髪、艶やかな薔薇のように派手な装いの怜里は立っているだけで視線を集めていた。
「婚外子の荷物なんて、家に置くもんじゃないわ。ここは小山家であってゴミ捨て場じゃないのよ?」
純子は無言で外に出ようとするが、怜里が声をかけてきた。
「お姉さんに会っても挨拶のひとつもなし? 礼儀を全然知らないの?」
「お姉さんは海外に行ってたか、それとも違う時代から来られたんですか? 海外って、そんなに長幼の序を重視するの?」純子は淡々と返した。
怜里の目が鋭くなった。三年ぶりの再会。誰にでも虐げられていた妹が、口答えするようになるなんて。
竜介が怜里を見る時は優しかったが、純子の一言で、その表情が一気に冷たくなった。
「小山さん」
彼が何か言おうとしたその瞬間、純子は振り向きもせずに背を向けた。「馬術の授業があるの、ごめんなさいね」
馬場に着くと思ったより人が多かった。
怜里が馬に乗って、彼女のほうへ近づいてきた。
「ちょうどいいタイミング。あなたより早く来てたのよ。歓迎会も兼ねて、友達がちょっとした競馬イベントを開いてくれてるの。あなたの馬、借りるわね?」
馬は純子を見ると、そわそわと身をよじらせた。まるで、自分の背に乗る間違った人を振り落とそうとしているかのように。
その直後、怜里が馬から突然落ち叫び声があがった。
その時、竜介が怜里をしっかりと抱きとめた。
怯えた彼女は、あの気の強さを感じさせないほど竜介の腕の中で泣きじゃくっていた。
その光景に、純子は思わず笑ってしまった。
あれだけ体の関係をもっても、竜介の態度はいつだって冷たくて、彼女に情は一切見せない。
そんな冷たい男が今、怜里の肌に触れただけで耳を赤く染めている。その純情さはもはや呆れるほどだ。
美人が涙を流すと、竜介はたちまち心を痛めた。
スマホを手に取り何かを操作しながら、彼女の涙を長い指で優しく拭った。まるで、大切な宝物でも扱うように。
その後で純子に視線を向けたとき、彼の目は、まるで毒でも込めたかのように眼光が鋭かった。
「言うことを聞かない畜生は、殺してしまえばいい」