狂った天秤から降りた花嫁第1話
第1話は約2,014文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
私・最上花凛(もがみ かりん)と義妹の最上葵衣(もがみ あおい)の意見が食い違うたびに、婚約者の清水京助(しみず けいすけ)と兄の最上奏人(もがみ かなと)は、決まって「多数決」で物事を決める。
新居を構える場所を選ぶときもそうだ。私は実家に近い南沖区を希望した。一方、葵衣は「北瀬区のほうが賑やかでいい」と譲らない。
互いに一歩も引かず、話し合いは平行線をたどる。結局、またしても多数決で決めることになった。京助が真っ先に手を挙げる。
「お前は考え方が堅苦しいんだよ。生活を楽しむってことを、ちっとも分かってない。ここは葵衣の意見に賛成だ」
兄は私の頭をそっと撫でながら、諭すように言う。
「花凛、そうわがまま言うな。北瀬区なら葵衣の会社にも近いし、休みの日には遊びに来て、そのまま泊まることだってできるだろ」
三対一。私はまたしても、妥協を強いられる。
南向きで一番広い部屋を主寝室にするつもりだった私に、葵衣が突然言い出す。
「ここ、ウォークインクローゼットにしたい」
すかさず京助が割って入る。
「多数決で決めよう。そうすれば、俺たちが葵衣ばかりひいきしてるなんて文句も言わないだろ」
案の定、結果はまたしても葵衣の意見が採用された。その結果、花嫁である私に与えられた寝室は、クローゼットの半分ほどしかない手狭な部屋となってしまった。
これまで何度も繰り返されてきた、多数決の記憶が蘇る。京助が私を支持した回数、ゼロ。兄が私を支持した回数、ゼロ。
目の前では、三人が楽しそうにウォークインクローゼットの内装について話し合っている。その姿を眺めながら、ふと気づく。
「多数決」なんて、ただの建前にすぎない。彼らは最初から、堂々と葵衣を特別扱いするつもりだったのだ。
だったら、もういい。どれだけ待っても、決して私のほうへ傾くことのない天秤、そんな茶番に、これ以上付き合う必要なんてない。
私は、自分からこのゲームを降りる。
* * *
「この浴室、ちょっと味気ないよね。もう少し大きなバスタブを入れたらいいのに。疲れたときにゆっくりお風呂に浸かれるし、あたし、お風呂に入るの大好きなんだ」
葵衣は浴室の入り口に立ち、いかにも不満そうな顔をしている。
いらいらして、何か言い返すより先に、京助が迷いもなく答える。
「もちろんいいよ。俺も大きなバスタブのほうが好きだし、ゆったり浸かれるからな」
そして、思い出したように私を見る。
「そうだよな、花凛?」
京助が先に答えを決めてから、私の意見を聞くのは、これで何度目だろうか。
意見が同じなら、みんな満足。意見が食い違えば、多数決。これまでの投票でも、いつだって負けるのは私だった。
……
3日前のことだ。猛烈な台風が吹き荒れる中、私は空港の出口で足止めされていた。一人では帰れそうになく、京助に電話をかけて迎えに来てほしいと頼んだ。
しかし、電話の向こうでは三人が何やら相談している。
「葵衣が今から夜食を食べに行きたいって。2日も前から予約して、やっと取れた店なんだ。悪いけど、タクシーで帰ってくれないか」
その直後、スマホに投票結果が送られてきた。【葵衣と夜食を食べに行く、3票で決定】
その夜、私は空港で一晩を明かすことになった。
……
手を強く握りしめながら言う。
「いいじゃない。葵衣の好きなようにして。でも、結婚はやめるわ」
リビングが、水を打ったように静まり返る。京助は眉をひそめ、不機嫌そうに私を睨みつける。
「こんなことで、結婚をやめるのか?
内装は多数決で決めてきたんだろ。自分の思い通りにならないからって、そんな嫌味を言うなよ」
兄の表情も冷たく強張る。
「葵衣は他人じゃないだろ。姉なんだから、妹のために少しくらい大きなバスタブを入れてやったっていいじゃないか」
部屋を見渡す。目の前に広がっているのは、私が思い描いていた新居とは似ても似つかないものだ。
葵衣が欲しがったウォークインクローゼット、葵衣が気に入った大きな窓、そして今度は、葵衣が欲しがるバスタブまで。誰も気づいていない。ここが、私のための新居だということに。
重苦しい空気を感じ取ったのか、葵衣が甘えるように私の腕をつかむ。
「お姉ちゃん、ごめんね。やっぱりこれだけは我慢するから、怒らないで……」
京助はすぐに葵衣を自分の後ろへかばうように引き寄せる。
「放っておけ。多数決の結果なんだ。負けた腹いせに駄々をこねるなんて、お門違いにも程がある」
兄も頷き、すぐさま内装デザイナーに、あのバスタブを設置するよう指示を出す。そのせいで、残ったスペースには私が注文していた鏡も棚も置けなくなった。
まるで三人が肩を寄せ合っているせいで、私の居場所だけが最初から用意されていなかったみたいだ。
でも、もう無理に入り込むつもりもない。スマホを取り出し、海外研修の案内を開く。参加者の一覧に、自分の名前があることを確認する。そして、上司へメッセージを送る。
【郷田社長、海外研修の件、お受けいたします】