狂った天秤から降りた花嫁第3話
第3話は約1,560文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
翌朝早く、階下から聞こえてくる賑やかな笑い声で、私は目を覚ます。寝ぼけ眼をこすりながら階段を降りる。
するとそこには大勢の客が集まり、葵衣があのマーメイドラインのウェディングドレスを身にまとい、京助の腕に手を添えて立っている。
ボサボサの髪にパジャマ姿の私を見て、客たちはヒソヒソと品定めするように囁き合う。
「あの女、誰?なんで新郎新婦の家にいるの?」
「まさか、ストーカーとかじゃないわよね?」
「家政婦だったりして!あはは!」
京助が慌てて私のところへやって来ると、声を落として言う。
「自分の結婚式のリハーサルだっていうのに、こんな時間まで寝てるなんて。葵衣が代わってくれて助かったよ。
葵衣はお前のことを気遣って、式場を使わずにわざわざこの家でリハーサルをすることにしてくれたんだ。
とりあえず、今日は葵衣に花嫁気分を味わわせてやろう。どうせ本番の式には、お前にも出てもらうんだから」
一体どんな立場で出席させるというのか。愛人?それともストーカー?問い詰めるより早く、京助は続ける。
「さっきみんなで多数決をとって、全員が賛成したことだから」
京助や兄だけでなく、実の両親まで、葵衣に票を入れていた。葵衣は私に向かって、無邪気そうに何度か瞬きをしてみせる。
「あたし、花嫁さんの気分をちょっと味わってみたかっただけなの。お姉ちゃんの結婚式のリハーサルを取っちゃっても、怒ってないよね?」
自嘲気味に鼻で笑う。「怒ってないわ。なんなら、新郎ごと持っていってくれても構わないわ」
京助の表情が一瞬で険しくなる。「俺に当てつけたいなら、そう言えばいい。葵衣に八つ当たりするなよ」
兄が私の腕を掴み、まるで人目に触れさせたくないものでも隠すように、部屋の隅へ乱暴に引っ張っていく。
「父さんたちも来てるんだぞ。お前、いつからこんなに聞き分けのない人間になったんだ?
葵衣は身寄りのない子だ。ようやく、みんなに大切にされる喜びを味わえているんだぞ。葵衣の願いを叶えてやれば、父さんと母さんも喜ぶだろうが」
両親が葵衣を家に迎えたあの日。みんなが私に言った。葵衣が来ても、私への愛情が減ることはない、と。
それなのに今では、葵衣こそが家族の中心で、私は部外者なのだ。
本物の花嫁である私は部屋の隅に追いやられ、京助と葵衣が皆の前で結婚指輪を交換するのをただ見つめている。
かつて彼は私にこう言った。「この指輪をつけるのは一人だけだ。俺の花嫁も、花凛だけだ」
しかし今、私の指には何もなく、5年間の思いもまた、空っぽになっている。
耳元に、客たちの歓声が飛び込んでくる。
「まあ、なんてお似合いの二人なの!」
「昨日、葵衣がウェディングドレス姿の写真をSNSに載せてたのを見たけど、まさか本当に結婚するなんて思わなかった」
「婚約者に大事にされてるんだね。少し前に昔の同級生にしつこく付きまとわれてた時も、彼が堂々と交際を公表して、守ってくれたんだから!」
「そうそう、その男をボコボコにして、あわや警察沙汰になるところだったらしいわよ」
……
そういうことだったのか。「一時的に代わってもらう」などというのも真っ赤な嘘で、すべては最初から仕組まれていたことなのだ。
そのとき、郷田社長からメッセージが届く。
【今回の研修は外部との接触が制限される集中プログラムだ。向こう5年間は帰国できなくなるが、本当に覚悟はできているね?】
集まった人たちの間を回り、仲睦まじくグラスを合わせる京助と葵衣の姿は、誰もが羨むお似合いのカップルだ。その様子を眺めながら、私はようやく肩の力を抜いて笑う。
【はい、覚悟はできています】
続けて、航空券の予約情報が届く。今夜9時発だ。
スマホで仕事の引き継ぎを済ませ、部屋へ戻って荷物をまとめようとする。ドアを開けた瞬間、目の前の光景に、私はその場に釘付けになる。