結婚する前、ウェディングドレスが血に染めた件第1話
第1話は約2,033文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
SNSで高瀬智哉(たかせ ともや)との結婚を報告した直後、私、水城望美(みずき のぞみ)はまた、彼の幼なじみ小宮莉奈(こみや りな)から嫌がらせを受けた。
突然、頭から何かを浴びせられ、生臭さが鼻をついた。真っ白だったウェディングドレスが、一瞬にして赤黒く染まった。家畜の血だった。
莉奈は悪びれる様子もなく、挑発するように私を見ていた。
私は怯まず、黙ったままの智哉に目を向けた。
「智哉が通報する?それとも私がする?」
今年に入って、もう9回目だ。
車をぶつけられたり、平手打ちされたり、SNSで誹謗中傷を浴びたりしたこともある。
私が智哉のことを投稿するたび、次から次へと嫌がらせが待っていた。
それでも、智哉に頼まれると、私はいつも莉奈を許してきた。
けれど、今回は迷わず110番した。
次の瞬間、それまで黙って見ていた智哉が、私の手からスマホを奪い取り、床へ叩きつけた。
砕けた破片が飛び散る中、智哉は険しい顔で私を睨んだ。
「そこまですることかよ!たかが血をかけられたくらいで!」
私は顔についた血を静かに拭い、頷いた。
「するよ。智哉、この結婚はもうなし」
* * *
智哉の顔から、さっと血の気が引いた。
けれど、彼が何か言うより先に、莉奈が声を張り上げた。
「誰を脅してんの?『結婚はなし』なんでしょ?だったら勝手にすれば!この泥棒猫!智哉を横取りしたくせに、今さら被害者ぶらないでよ!」
その一言で、周囲の視線が一斉に変わった。
莉奈にこんなふうに濡れ衣を着せられるのは、これが初めてではない。
智哉と付き合ったことなど一度もないくせに、莉奈はずっと私を浮気相手にしていた。
私の家族に何度も連絡して嫌がらせをし、勤務先にまで押しかけてきては罵声を浴びせる。SNSでは、私が男遊びの激しい女だなんて、根も葉もない話まで広められた。
そのせいで、知らない男から卑猥なメッセージがひっきりなしに届くようになった。
この1年、私は何度も悪夢にうなされて飛び起き、髪もひどく抜け、心身ともに限界を迎えて重度のうつ病と診断された。
けれど、智哉の言うことはいつも同じだった。
「まあまあ、莉奈もまだ若いんだし、そのうち落ち着くって。望美もいちいち相手にしないで、少しくらい大目に見てやれよ」
耐えて、耐えて、耐え抜いてきた。けれど、我慢すればするほど、莉奈の嫌がらせはエスカレートしていった。
もう、うんざりだ。
私は血まみれのベールを静かに外した。周囲から驚きの声が上がる中、そのまま振り返ることなくブライダルサロンを出た。
背後から、慌ただしい足音が追ってくる。けれど、その手が私に届くより先に、莉奈が胸元を押さえ、甲高い悲鳴を上げた。
「智哉!」
その瞬間、智哉はぴたりと足を止めた。振り返ると、苦しそうにうずくまる莉奈を見るなり、すぐに抱き上げ、そのまま慌ただしく外へ向かった。私の横を通り過ぎるときでさえ、こちらを一度も見なかった。
その腕の中で、莉奈がそっと目を開けた。そして私に、嘲るような笑みを向けた。
私は冷めた目でそれを見ていた。あんな見え透いた仮病の芝居、もう数え切れないほど見せられてきた。
それなのに、頭の切れる智哉は毎回きれいに騙される。
一度だけ、どうしても納得がいかなくて、智哉を引き留めようと腕を掴んだことがあった。
智哉は怒鳴りもしなかった。ただ、私をじっと見つめて言った。
「うつ病って、心の優しい人ほどなりやすいって言うけど……あれ、嘘だったのかな」
その瞬間、全身から血の気が引いた。死んでしまいたいとさえ思った。
結局、智哉は莉奈のもとへ行った。私は一人取り残され、うつが悪化して、家で狂ったように自傷を繰り返した。
床が血の海になったその夜、莉奈は智哉と二人でクレーンゲームをしてはしゃぐ写真をSNSにアップしていた。
あの日できた醜く歪んだ傷跡は、今も私の手首に残っている。私はそこへ目を落とし、ふっと笑った。
家に帰ると、SNSのトップに固定していた結婚報告を削除した。
それから浴室へ入り、全身についた血をシャワーで洗い流す。
温かい湯が肌を伝った瞬間、あちこちに細かな傷ができていることに気づいた。
あの血には、細かく砕いたガラスまで混ぜられていたのだ。
刺すような痛みに耐えながら傷口を洗っていると、不意に背後から熱い体が密着してきた。
耳元で、智哉の掠れた声が降ってくる。
「望美……今日は俺が悪かった。許してくれないか?」
そう言いながら、彼の手がいやらしく私の体を這っていく。
私はその手首を掴んで振りほどき、バスタオルを取ると浴室を出た。
智哉は不満そうに顔を曇らせたものの、そのまま私についてきた。
私の隣に腰を下ろすなり、俯いたままぶつぶつと言い訳を始める。
「莉奈もさ、別に悪気があったわけじゃないんだよ。ちゃんと反省してるし、今日だって泣きながら、どうしても望美に謝りたいって……俺からもきつく叱っておいたからさ……」
智哉は一方的に話し続け、私の体が傷だらけになっていることにも、まるで気づかないまま。