結婚3周年、今度は私一人でオーロラを見に行く第3話
第3話は約2,004文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
家に戻ると、私はそのまま書斎へ向かい、一番下の棚から亮介の大学時代の資料を探し出した。
ビジネスコンテストの企画書をめくっていると、黄ばんだ紙の参加者欄に、亮介と麻衣の名前が並んでいた。
麻衣の名前を手がかりに亮介の古いパソコンを調べてみると、当時の大学の掲示板サイトに残された書き込みがいくつも見つかった。
二人が付き合っていたことは学内でもよく知られていて、一緒にビジネスコンテストにも出場していたらしい。
今の会社の主力事業も、そのとき二人で考えた企画がもとになっていた。
ただ、当時は事業化までこぎつけられず、亮介には多額の借金だけが残った。その頃、麻衣は名門大学への進学が決まり、そのまま海外へ渡っていた。
借金を抱え、何もかもうまくいかなかった亮介のそばにいたのは私だった。
それから何年もそばで支え続け、亮介はようやく今の地位を築いた。
なのに、すべてがうまくいった今になって、麻衣は戻ってきた。
夜8時、玄関で鍵を回す音がした。
帰ってきた亮介の後ろには、麻衣の姿もあった。
麻衣と直接顔を合わせるのは初めてだった。
会社の写真と同じ赤いドレスを着た麻衣は、きれいに化粧を整え、キャリーケースを引いていた。
「彩香、麻衣の荷物、しばらく置くところがないんだって。悪いけど、何日かうちに置かせてやってくれない?」
亮介は靴を脱ぎながら、何でもないことのように続けた。
「出資関係の書類をうちに置き忘れたらしくて、それを取りに来たんだ」
麻衣は亮介の横をすり抜け、私の前でにこりと笑った。
「彩香さん、お邪魔します。亮介が、彩香さんなら気にしないって言うから、少しだけ甘えさせてもらっちゃって」
私が眉をひそめても、麻衣は気にした様子もなく、そのままリビングへ入っていった。
亮介も麻衣のことばかり気にかけ、私が不機嫌そうにしていても、まるで気に留めなかった。
そのうち麻衣は書斎へ行き、迷うことなく上から3段目の引き出しを開けた。
「亮介、大学のアルバム、やっぱりまだここにあったんだ」
今度は冷蔵庫を開け、一番奥にあったワインを見つけて懐かしそうに笑った。
「これ、卒業祝いのワインじゃない?まだ取ってたんだ。とっくに飲んだと思ってた」
何気ない言葉や仕草のひとつひとつから、麻衣が私の知らない亮介の過去をよく知っていることが伝わってきた。
書斎の引き出しも、冷蔵庫の中も、まるで昔からこの家を知っているようだった。
食卓に置いてあったアイスランドの旅行ガイドに気づくと、麻衣は亮介に目を向けた。
「あら、二人でアイスランドに行く予定だったの?」
麻衣はわざと申し訳なさそうに亮介を見た。
「知ってたら、大学の頃に約束してた海の中の景色を見に行きたいなんて、今さら言わなかったのに。彩香さん、亮介のこと怒らないであげてね」
亮介はすぐに口を挟んだ。
「仕事で行っただけだ。誤解されるような言い方するなよ」
「はいはい、仕事だったわね」
麻衣は笑いながら髪をかき上げた。
その拍子に袖口がずれ、手首に光る銀色のブレスレットが見えた。
私がオーロラをイメージして作った、あのブレスレットだった。
私は麻衣の前に立ち、手を差し出した。
「そのブレスレット、返して」
麻衣は目を見開き、反射的に亮介の後ろへ身を寄せた。
すると亮介が一歩前に出て麻衣をかばい、不機嫌そうに私を見た。
「彩香、いきなり何なんだよ。たかがブレスレットだろ。麻衣も気に入ってるんだし、そこまで言わなくてもいいじゃないか。そんなに嫌なら、明日もっといいのを買ってやるよ」
「同じものは買えないわ」
私は亮介をまっすぐ見た。
「私が1か月かけてデザイン画を描いて、結婚3周年にあなたへ贈るために作ったものよ」
亮介は言葉を失い、複雑そうな表情を浮かべた。
それを見た麻衣は慌ててブレスレットを外し、テーブルの上に置いた。
「ごめんなさい、彩香さん。私、本当に知らなかったの……亮介が買ったものだと思ってて。そんな大事なものだったなんて……お願い、私のことで喧嘩しないで」
そう言いながら、麻衣の目にはうっすら涙が浮かんでいた。
まるで傷つけられたのは自分のほうだと言わんばかりだった。
麻衣の目が潤んだ途端、亮介の表情はやわらいだ。私を責めるような目で一度見ると、そのまま麻衣の手を取った。
「送ってくる」
それからしばらくして、亮介の母から電話がかかってきた。
「彩香さん、今日、麻衣ちゃんに嫌な思いをさせたんですって?
麻衣ちゃんは亮介のために、わざわざ出資の話をまとめに戻ってきてくれたのよ。昔はもう少しでうちのお嫁さんになるところだったんだから。
あのとき海外に行ってなかったら、あなたが亮介と結婚することだってなかったのよ。それくらい、麻衣ちゃんの顔を立ててあげられないの?」
私はスマホを握ったまま、しばらく何も言えなかった。
亮介の母まで、麻衣が戻ってきたことをとっくに知っていた。
何も知らされていなかったのは、私だけだった。