花が落ちる頃、再び彼女に逢う第2話
第2話は約1,758文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
翌日、静玖が産気づき、男児を出産した。
時凪は有頂天になり、なんとSNSにまで投稿した。
【十時間の闘いを経て、無事に我が子が誕生。静玖、本当によく頑張った。お疲れ様】
添付された写真は、病床で赤ん坊を抱く静玖の、満ち足りた笑顔だった。
亜里はそれを見て、唇の端が不意に歪んだ。
――もう、ここまで堂々と晒す段階に来たのか。
次は何?そろそろ、正妻の座を明け渡せと迫る番だろうか。
亜里は静かに、その投稿に「いいね」を押した。
――すぐに、時凪から電話がかかってきた。
「亜里、病院に来て。話がある」
「ええ」
ちょうど、彼女にも話しておきたいことがあった。
亜里はタクシーで病院へ向かった。病室の前の廊下で、会社の社員たちが花束や贈り物を手に、静玖の部屋へと続々と向かう姿が目に入った。
「まさか鈴木さん、もう出産しちゃったんですね」
「何言ってるの、もう九ヶ月だったでしょ。驚いたのは、社長のお子さんだってことよ。奥様、ご存知なのかしら……」
「知ってるに決まってるじゃない。知らなかったら、それこそバカすぎるよ。
社長が急に奥様を家に戻して秘書を替えた時点で、社内ではみんな気づいてたんだから。あの綺麗な女子大生卒の子、男だったら誰だって好みだわ」
「社長もお幸せね。昼は会社で、夜は家で、二人の女性を相手に……ねえ、私、何度か見ちゃったことあるの。
社長室で、給湯室で、あ、洗面所でさえ……ほんとに、遊び方がすごいんだから」
「もう、余計なこと言わないで。これから部屋に入るんだから、みんな大人しくして」
彼らが病室に入っていく。亜里はただ一人、廊下に取り残された。
――なるほど。
ずっと前から、関係は続いていたんだ。
社員はみんな知っていて、蚊帳の外に置かれていたのは、自分だけだった。
口元がわずかに震える。それでも亜里は手を伸ばし、重い病室のドアを押し開けた。
中に入った瞬間、ざわめきがぱたりと止んだ。社員たちの表情が一斉に硬くなる。
ただ、ベッドに横たわる静玖だけは、にっこりと笑った。
「奥様!わざわざご足労いただいて……ごめんなさい、驚かせちゃいましたか?でも、赤ちゃんは無事でよかったです。
ねえ、この子の仮親になってくれませんか?もうすぐ奥様のお子さんも生まれますよね。二人で仲良く兄弟のように育てましょう。素敵だと思いませんか?」
あまりに陳腐な台詞に、亜里はかすかに笑みを浮かべた。
今、いったい何時代の話をしているんだろう。
「時凪。呼んだんでしょ、用は?」
「聞きたいんだ、もう冷静になったか?」
時凪が一歩近づき、口調をわずかに和らげた。
「あれは出来心だったって言っただろう。あの夜、俺は酔っていて……静玖をお前と間違えたんだ。
その後、静玖が妊娠して……放っておけなかった。信じてくれ、一番愛しているのはお前だ。約束する、新井夫人はお前だけだ」
「……私があなたのそばにいるのは、新井夫人の座が欲しいからだと思う?」
亜里は彼を見上げた。彼は今でも、亜里の本当の身分を知らない。
普通の家庭の娘が、たまたま会社に勤め、彼に惚れて結婚した――そう信じ込んでいる。
亜里が「高望み」していると思いながら、これまで会社に流れ込んだ多くのリソースが、亜里が口を利き、兄が陰で支えたものだとは、夢にも思わない。
兄は、彼女の子供が生まれる日に合わせて帰国し、時凪に会い、国内の大型プロジェクトを任せるつもりでいた。
もう、必要ない。子供は生まれない。時凪も、もう要らないのだから。
「じゃあ、何が欲しいんだ?」
時凪の声に、少し苛立ちが滲んできた。
「亜里、今日はこんなに嬉しい日なんだ。喧嘩はやめよう」
「新井さん、奥さん」
看護師がドアを開けて入ってきた。
「お子さんの出生届の手続きの時間ですよ。お二人ご一緒にいかがですか?」
看護師が去ると、静玖が突然、しくりと泣き出した。
「うう……」
「どうした!?」
時凪が慌てて駆け寄ると、静玖はますます激しく泣きじゃくった。
「何でもない……ただ、この子が……『隠し子』って言われるのが怖くて……出生届も、戸籍も……みんなの目が……」
言葉を濁しながら、静玖が涙で曇った瞳を上げると、時凪はすぐに亜里を見た。
「亜里……確かに、静玖の子が先に生まれた。ひとまず、俺たち離婚しないか?お前の子が生まれたら、また復縁すればいいんだ。それで――」