見えぬ愛にさよなら第3話
第3話は約1,845文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
写真も腕輪も、分別して指定のゴミ袋に入れ、集積所へ出す。
まるで魂を抜き取られたかのような虚脱感を抱え、足元もおぼつかないまま部屋へと戻る。胃の奥から酸っぱいものがせり上がり、ひどい吐き気に襲われる。
将司と理穂に裏切られたこと自体は、もう受け入れられる。
けれど、自分が二人の関係を盛り上げるための、ただの道具として扱われていたことだけは、どうしても受け入れられなかった。
何年も前から、二人は私に隠れて関係を続けていた。私の家には、二人だけの親密な写真が飾られていた。私に向けられていた祝福の言葉さえ、すべて嘘だった。
何も見えない私をあざ笑うように、二人の行動には、これ見よがしな挑発さえ混じっていた。
夜も更けてから、将司がようやく帰ってくる。
「起きてたのか。まだ怒ってる?」
リハーサルのはずなのに、将司から酒の匂いが漂っている。もしかすると、あのまま理穂と本番さながらの時間を過ごしてきたのだろうか。自虐的な考えが頭をよぎる。
スリッパが床を踏む音が、一歩ずつ近づいてくる。
「怜、いい加減にしてくれ。お前があんなことを言い出したせいで、どれだけ恥をかかされたと思ってる?
いきなり結婚をやめるなんて言い出して、俺の立場はどうなるんだ。
ただでさえ俺が清原家の婿にふさわしくないって言う奴は多かったのに、今じゃ帝都で笑い者にされたんだぞ」
かすれた声で被害者を装うその態度に、背筋が凍りつく。
以前の私は、自分の障害で、いつもどこかで引け目を感じていた。だからこそ、ずっと私のそばで支え、守ってくれた将司を傷つけまいと必死だった。
将司がほんの少しでも不機嫌そうにすると、私は自分から歩み寄って機嫌を取った。そのたびに、彼の違和感のある言動から目をそらしてきた。
今になって思えば、将司は私の障害を利用して、理穂との関係を隠していた。それだけではない。何度もわざと傷ついたふりをして、私の同情心まで利用していたのだ。
将司が身をかがめる。顔がすぐ近くまで迫ってくる気配に、体が強張り、生理的な嫌悪感に突き動かされ、思わず身体を横へそらす。
将司の動きが止まる。その反応に触れた瞬間、ふと気づいた。長い間付き合ってきたのに、私たちは、一度も普通の恋人同士のように触れ合ったことがなかった。
胸がぎゅっと締めつけられる。疑惑を確かめるため、こみ上げる吐き気を押し殺し、将司の唇へ自ら口づけを落とす。
温かく、かたい感触だ。何も見えない私は、ずっと彼からの温もりを求めていた。
だが唇が触れた瞬間、将司の体が強張り、私を突き放した。そのままゴミ箱にすがりつき、激しくえずき始める。
「俺が潔癖症なのも、結婚するまではそういうことをしたくないのも、知ってるだろ!急にキスなんてして、何のつもりだ?嫌がらせか!」
その言葉を、これまで何度も聞かされてきた。今になって、私は確信を得た。
結婚するまで大切な初めては取っておきたいという彼の言葉を、本気で信じていた。触れ合いを拒まれるたびに、彼を困らせてしまったと自分を責めていた。
けれど違う。彼に潔癖症などない。ただ私に対して、生理的に無理だけなのだ。
「『悪い女に狂わされた。どうしよう?あいつのせいで、俺の体はおかしくなっちまった』って、自分で投稿した動画の中で言ってたじゃない」
動画の中の言葉を、そのまま返す。すると将司の気配が、一瞬で変わった。息をのむ気配が、はっきりと伝わってくる。
「将司。もう、やめよう。私のことがそんなに嫌なら、別れよう」
嘘だけで塗り固められた結婚など、こちらから願い下げだ。
「何を言ってるんだ!
そ、そんな動画なんて投稿した覚えはないっ!何かの間違いだ……そう、ただ声が似てるだけの奴を、勝手に俺だと思い込んでるだけだろ!?」
慌てて取り繕う声を聞きながら、反論する気力すら湧かず、ただ黙って聞き流す。バッグを手に取り、家を出ようとする。だが、将司が大股で回り込み、行く手を阻んだ。
「怜、いい加減にしろ!
俺以外に、誰がお前みたいな目の見えない女を受け入れるんだ!
いいか、今ここを出て行ったら、もう後戻りはできないぞ!」
私は冷たく笑った。「望むところよ」
「お前!」
扉を開けた瞬間、誰かが勢いよく私に抱きついてきた。理穂だ。
「怜!こんな夜中に、どこへ行くの?
今日のリハーサルで、少し気になるところがあったから、二人と相談しようと思って来たの。
ドレスも、あのデザインはやっぱり好きじゃなくて。ブーケも、アジサイよりマーガレットに替えたほうが可愛いと思うんだけど……」