見えぬ愛にさよなら第2話
第2話は約2,246文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
「誰か代わりに結婚したい人がいるなら、その人と結婚すればいい」
もう、限界だ。言葉を口にするたび、残された力をすべて使い果たしていく。
「将司も、理穂も私にとって、一番大切な人だった……二人が一緒になりたいなら、それでいい」
そう言い残し、背を向けた。前方には、取材をしようと待ち構える報道関係者が集まっている。背後では、招待客たちのざわめきが広がっている。
胸を刺すような屈辱に耐えながら、何も見えない闇の中を、ただ前へ進んだ。
「皆さん、申し訳ありません。招待状の日付を間違えてしまったようです。怜と俺の結婚式は3日後です。今日は、そのためのリハーサルで……」
将司は取り繕うように嘘を並べ立てると、足早に私を追いかけてくる。私を人目につかないところへ連れていく。
「もうすぐ夫婦になるんだぞ。なんでそんなに感情的になるんだよ」
将司と向き合う気にはなれない。けれど将司は、私の顔を両手で包み込む。
「根も葉もないことで意地を張るのはやめてくれ。
あのウェルカムパネルはサプライズのつもりだったんだ。俺だって、理穂のことを気にせず、大目に見ようとしたのに。
お前が大切にしてる親友にも、結婚式に関わってもらいたかっただけだ。
それなのに、どうして怒るんだよ?」
まるで自分だけが正しいと言わんばかりの口調だ。
吐息が、まぶたにかかる。かつては愛おしく思えたその熱が、今はただ吐き気を催させるだけだ。これ以上、言い争う気力も残っていない。
将司がなおも何か言おうとしたその時、突然、扉が開く。
「やっぱり今日のはリハーサルだったの?本番そのものみたいで驚いちゃったわ。
将司も怜も、どうして私にまで内緒にしてたの?」
理穂が軽い足取りで近づいてくる。
「こんなに長い付き合いなんだから、怜。まさかまだ、私と将司のことで焼きもちを焼いてるんじゃないよね?私たちなんて、もう親友みたいなものじゃない」
その声は、以前なら優しく聞こえていた。けれど今は、ひどくわざとらしく感じる。
「リハーサルに出たくないなら、少し休んだら?もし嫌じゃなかったら……私が代わりに出ようか?」
「ええ、構わないわ」私は即答する。
将司の声が、途端に切羽詰まったものへ変わる。
「だめだ!怜と俺の結婚式だぞ。理穂が代わるなんて、おかしいだろ」
「何がおかしいの?私たち、やましいことなんて何一つないじゃない」
理穂にそう問い返されると、将司は反論の言葉を失い、押し黙った。
私は、わずかに口元をゆるめる。さっきまで胸を占めていた悲しみも憎しみも、少しずつ静まっていった。
何度も思い出す。将司はいつだって、私の手を握りながら言っていた。
「俺にとって一番大切なのは、ずっと怜だ」
今になって思えば、あまりにも滑稽だ。私は背を向け、立ち去ろうとすると、将司に手をつかまれた。その指を一本ずつ外し、振り返ることなく歩き出した。
……
家に戻ると、真っ先に両親へ電話をかける。
「将司とは、結婚しない」
少しだけ間を置く。
「前に紹介してくれたお見合い相手の資料、もう一度送って」
ここ数年、馬淵家は少しずつ勢いを失っていた。両親は、将司が私を心から大切にしているわけではないと感じていて、結婚にも賛成していなかった。
それでも私は、自分の気持ちを貫いた。けれど、それで両親が考えを変えることはなく、結婚式への出席すら断られていた。
「今日は怜と将司が結婚する日じゃなかったの?いくらリハーサルとはいえ、別の人にバージンロードを歩かせるなんて」
しばらくして、結婚式場の様子を動画に撮っていた友人から電話がかかってきた。
理穂は、私のドレスを身にまとったまま、バージンロードを歩き、将司と誓いの言葉を交わし、将司の手から指輪を受け取ったという。
リハーサルだというのに、二人が誓いの言葉を交わす声には、演技とは思えないほどの感情が宿っている。
胸の奥が、じんわりと痛む。そこで、ふと思い出した。
私はずっと、白いウェディングドレスを着たかった。けれどドレスを選ぶ時、理穂に強く勧められて、赤いドレスに変えた。
目が見えない私は、赤のほうが似合うという彼女の言葉を信じ、すべてを委ねてしまった。
今になって考えれば、赤は、理穂が一番好きな色だ。彼女は最初から、この結婚式を自分のものにするつもりだったのだ。
深く息を吸い、スマホを置く。そして、家の中にある将司に関係するものを、一つずつ整理し始める。
将司が何度も寺に足を運び、私のために手に入れたというお守りの腕輪や、旅先で撮った二人の写真……
何も見えないから、それらがどんな姿をしているのか、一度も自分の目で確かめたことはない。
けれど、将司を心から愛していた頃は、何度も何度も指先で触れてきたものばかりだ。
それらを抱え、家の外へ出る。もう捨ててしまうつもりだ。すると、近くを通りかかった老婦人が声をかけてきた。
「お嬢さん、それ、あなたの家の物かい?」
何か欲しいのだと思い、それらを差し出す。だが、老婦人は受け取らない。
「いらないよ。ただ、妙だと思ってね。若いお嬢さんが、こんな真っ赤な腕輪を身につけるのは、少し派手すぎるんじゃないかと思って」
確か腕輪をくれたあの時、将司は「落ち着いた木の色をしたものだ」と言っていたはずだ。
「それに……どうして家の中に、男の人と知らない女の人がキスしてる写真まで置いてあるの?」
「……何ですって?」
老婦人の戸惑った声が耳に届く。
「写真に写っている女の人、お嬢さんじゃないだろう?
家の中に、そんな写真を置いておくなんて、おかしいよ」