親友の妊娠を喜ぶ夫、あなた種なしなのに第2話
第2話は約1,932文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
「離婚だと?紬、子供に焼きもちを焼くのも大概にしろよ。そんな冗談で笑わせるな。
もう32歳だろ。他の家族もなく、不妊症のお前に、俺と別れて、一体どこへ行けるっていうんだ?」
言い終えると、彼は私の反応など知ったことではないと、そのまま立ち去った。
呆然とその場に座り込んでいたとき、ふと目に留まったのが泉の最新のインスタ投稿だった。
【子供のパパは最高のイクメン。帰ってきて早々、キッチンに入って手料理を作ってくれてるわ】
写真には、キッチンでせわしなく働く裕司の姿が写っていた。
心が、もう一度ひどく傷ついた。
裕司は食べ物にうるさい。彼に嫁いで5年、私は仕事を辞めて専業主婦になり、一日三食、彼の好みに合わせた手料理を作り続けてきた。
それなのに彼は、私のためには一度だって、お茶漬け一杯すら用意してくれたことはなかった。
これまでは、彼が裕福な家庭で何不自由なく育ち、キッチンに立ったことすらない人だからだと思い込んでいた。
しかし、今はようやく気づいた。彼ができないはずなんてなかったのだ。ただ、私のためにはしたくなかっただけなのだと。
翌日の明け方、泉が手作りコロッケを入れたお弁当箱を抱えてやってきた。
「紬、心を込めてコロッケを作ってきたの。これ食べて、怒らないで」
彼女の背後から、裕司が口を挟む。
「紬、許してやれよ。お前に渡そうと、泉は一晩中起きて揚げていたんだぞ」
知らない人が見れば、さぞかし私が我儘を言っているように見えただろう。
「裕司、紬に花も注文してあるの。車まで取ってきてくれない?」
泉は無邪気に微笑んでいたが、男の足音が遠ざかると、表情を一変させた。
「ねえ、本当に図々しいのね。まだ渡辺家にしがみついているなんて?
私だったらとっくに盛沢市を出て行くわよ。子供も産めないくせに居座るなんて、面の皮が厚すぎるわ。
ほんと、男に捨てられたあなたのお母さんとそっくり、品のない人ね……」
「私のお母さんを悪く言う資格なんてあなたにはない!」
亡き母は生前、泉を実の娘のように可愛がっていた。それなのに……
それを聞くと、泉は薄笑いを浮かべた。
「なぜ言ってはいけないの?事実じゃない。あんたのお母さんは、根っからの下品で汚らわしい女よ。
シングルマザーの家庭に、一体どこにあなたをまともに育てるお金なんてあったのかしら? きっと裏で、男相手の汚い仕事でもしてたんでしょうね。
私に言わせれば、汚い金にまみれてたからバチが当たって癌になったの。いいえ、癌っていうのも嘘ね。本当は後ろめたい病気で死んだんじゃない?」
堪忍袋の緒が切れ、私は泉に飛びかかろうとした。
しかし私の指先が触れるより先に、泉はお腹を押さえて地面に倒れ込んだ。
ちょうど、花を持って戻ってきた裕司がその瞬間を捉えた。
「裕司……」
泉は弱々しく声を震わせ、こう言った。
「私、ただ紬に……私たちは親友なんだから、もし紬さえ良ければ、これから三人で一緒にこの子を育てていこうって言っただけなの。
もしそれが嫌なら、私は子供を紬に預けて、二度とあなたたちの前に姿を現さない。紬にだけは、絶対に恨まれたくないから……
それなのに、紬は私を突き飛ばしただけじゃなくて……あんなことまで言うの……」
泉は過呼吸になるほど声を上げて泣きじゃくった。
「何て言ったんだ?」
裕司は泉を抱き寄せ、必死に守るように庇った。
「私たちの子を『不倫でできた出来損ないの種』だって……そんな汚らわしい子供、絶対に育てるわけがないって……
それに……不倫でできた子供なんてまともに育たない。いずれ不治の病にかかるって……ろくな死に方をしないからって……
私が悪かったのは分かってるの。でも、子供に罪はないの」
耳鳴りが止まらず、頬がカッと熱くなった。
裕司に強烈なビンタを食らったことに気づいたのは、体が勢いよく横に振られた後だった。
彼の瞳には、抑えきれない怒りが渦巻いている。
「紬、お前がこれほど性根の腐った人間だとは思わなかった。子供相手にまでこんな仕打ちをするなんて。
子供が、何をしたっていうんだ!」
説明しようとしたが、もう手遅れだった。裕司は私を力任せに押さえつけ、泉の前で無理やり跪かせた。
「今すぐ、ここで泉に謝れ」
激しく抵抗した際、額を段差に打ちつけて鮮血がドッと流れ出た。だが裕司は、その赤に染まっていく私の顔すらも見て見ぬふりをした。
最後には泉が口を開いた。
「もういいの、裕司。私たちが謝りに来たんだし、これ以上事を大きくしないで」
泉はそう言いながら、手元にあった「手作りコロッケ」の弁当箱を差し出した。
「ねえ、これさえ紬に食べて貰えれば、今日のことは水に流していいから」
裕司の手によってコロッケを口の中に押し込まれた瞬間、私は泉の言葉の意味を理解した。