遅れて来る春に抱かれて第3話
第3話は約1,441文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
紗英の誕生日。出かける前、遼介はあのドレスを手渡してきた。
「すみれ、これを着てみて」
着替えて出てきた彼女を見て、遼介の目が輝く。
「やっぱり似合う。すごく綺麗だ」
車は丘の上の別荘に着き、遼介はすみれの手を引いて降り立った。
扉を開けた途端、賑やかだった空間が一瞬で静まり返る。
すべての視線がすみれに注がれ、その中には嘲りや好奇心、そして同情さえ混じっていた……
やがて誰かが口元を押さえて笑い声を漏らした。「この人が神谷社長が三年も囲っていた『代役』か」
すみれの足が止まり、喉が締めつけられる。
そのとき、白いドレス姿の紗英が駆け寄り、遼介の胸に飛び込んだ。
甘えるように笑い、ようやく気づいたようにすみれへ向き直る。
「すみれさんも来てたのね」
返事をする前に、遼介は当然のように自分の上着を紗英の肩に掛けていた。
眉をひそめながらも声は柔らかい。
「どうしてこんなに薄着なんだ。身体を大事にしろよ」
「もう、怒ってばかり」紗英はわざと足を踏み鳴らし、甘えた声だった。
周囲の男たちが茶化すようにはやし立てた。「これは怒ってるんじゃないよ!心の底から愛してるってやつだ!」
すみれの顔から血の気が引いていく。ようやく遼介が気づいたように振り返り、目を逸らしながら言った。
「気にするな」
すみれは笑みを引きつらせ、わざと問う。「病気のあなたが上着を貸して、自分はどうするの?」
遼介の顔が一瞬こわばり、苦笑を浮かべる。「最近は調子がいいんだ」
――調子がいい?嘘の病をでっちあげ、私の血を一年も吸い続けてきたくせに。
彼の手が絡みつき、囁きが耳元に落ちた。「すみれ、誤解するな。愛してるのは君だけだ」
あまりに聞き慣れた言葉。
一年前も、同じ言葉を吐いたことがあった。当時、二人で出席したパーティーに紗英が突然姿を現した。
遼介は魂を抜かれたように彼女を見つめ、終始黙り込んでいた。
誰かが紗英に連絡先を求めたとき、彼は堪えきれず怒鳴った。「失せろ!」
その声に、紗英の目には涙が浮かんだ。「遼介……やっぱりまだ私を愛してるのね?」
彼は彼女を突き飛ばすように払いのけた。「誰が愛してるって?」
そう言い残し、すみれの手を握って立ち去った。
帰り道、遼介はすみれの唇を噛みながら言った。「すみれ、誤解するな。俺が愛してるのは君だけだ」
――だが裏では、いつの間にか紗英とよりを戻していた。
「なんて綺麗な靴」
紗英の声に、すみれは現実へ引き戻された。
彼女はキラキラと光るストーンが散りばめられたバレエシューズを抱えている。
「でも私、バレエは踊れないの。すみれさん、あなた踊れるんでしょう?みんなに見せてくれない?」
周囲から笑い混じりの歓声があがる。
すみれは幼い頃からバレエを習っていた。だが、ここで踊る気などこれっぽっちもない。
「……いや」
拒もうとした瞬間、遼介の声が響く。「踊ってくれ。久しぶりに見たいんだ」
その一言に場は一気に盛り上がり、すみれは押し出されるように舞台の中央へ。しぶしぶ靴を履いた瞬間、違和感に眉をひそめた。
「早く!」
音楽が流れ、もう逃げられない。
中敷きは異様に硬く、一歩ごとに刃物を踏むような痛みが走る。
それでも必死に笑みを保ち、回転し、跳び上がる。白いドレスが宙を舞い、まるで優雅な白鳥のように見えた――その瞬間。
着地した瞬間、鋭い痛みが足裏を突き抜けた。
「……っ!」悲鳴と共に床に崩れ落ちる。
真っ赤な血が靴からあふれ、白い床に滴り落ちて広がっていく。
「すみれ!」最初に駆け寄ったのは遼介だった。
「医者を呼べ!」