遠回りの先で、やっと会えた第2話
第2話は約1,670文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
緋桐は、私の声が震えているのに気づいたのだろう。心配そうに尋ねた。
「大丈夫?寒くて震えてるんじゃない?
今日は本当に冷えるよね。どこか暖かいところで座って話そうよ」
気づけば、私は彼女たちに手を引かれ、焼肉屋に連れて来られていた。
柔らかな照明の下で、私はようやく向かいに座る彼女の顔をしっかり見た。
緋桐は、本当に綺麗だった。
大きな瞳がぱちぱちと輝き、笑うと頬に小さなくぼみができる。
彼女は和也の腕にそっと寄り添い、小声で尋ねた。
「ねえ、ちょっと焼肉が食べたくなっちゃった。でも、これからまた事務所に戻って残業しなきゃいけないんだよね?間に合う?」
和也は以前、最近事務所で大きな案件を抱えていて、同僚みんなが毎日深夜まで働いていると話していた。
彼は彼女の耳元の髪を優しく耳にかけながら、静かに答えた。
「大丈夫、少しでも一緒にいたいから」
そう言いながら、ふと私に一瞬だけ視線をよこした。
けれど、それもほんの刹那で、すぐに目を逸らした。
こんな和也は、初めて見た。
付き合ってきた半年間、彼はいつも仕事を最優先にしていた。
資料作りに没頭し、私の誕生日をすっかり忘れたこともある。
デート中に仕事の電話がかかってきたら、何も言わずその場で去ってしまうこともある。
私は何度も腹を立てた。でも、彼はいつも冷静にこう言った。
「一生懸命働くのは、俺たちの未来のためだ。将来がしっかりしてこそ、二人の関係も安定する」
私はその言葉を信じた。それからは、彼に文句を言うことをやめた。怒りや悲しみも、全部自分の中で飲み込んできた。
でも、今ようやく気づいた。本当に人を好きになったら、「将来」と「今」を両立しようとするものなんだ。
仕事が忙しいからって、「誕生日おめでとう」の一言が言えないなんてことはない。
どれだけ緊急の電話でも、簡単に理由を説明してから離れることはできたはず。
今まさにそうだ。これ以上ここにいる時間が長くなれば、残業で帰宅はどんどん遅くなる。
それでも彼は、緋桐の「食べたい」という気持ちを優先し、彼女に付き合っている。
――好きか、好きじゃないか、それはこんなにも分かりやすい。
彼の今の姿を見て、私はようやく理解した。
彼は、私のことをそこまで好きじゃなかったんだ。
甘寧は楽しそうに、二人の馴れ初めをどんどん聞き出していった。
緋桐はとても感じの良い子で、一つ一つ丁寧に答えてくれた。
「私たちは、学校で知り合ったの。彼、ディベート部の部長だったんだよ。そういえば、私たち、同じ大学だったんだね。
和也、何年も前から私のこと好きだったの?全然気づかなかった。彼は伝えてくれなかったし、ずっと友達としてしか見てなかったから。
今日が付き合い始めた初日なの。クリスマス、一緒に過ごさないかって、1ヶ月くらい前からずっと誘ってくれてて……さっき、花火の時に告白されたの」
はにかみながらも、とびきりの笑顔。
まるで恋する女の子そのもの。
私はぼんやりと、そのやりとりを聞いていた。
一目惚れ、密かな想い、そして実った恋。
もし、私が巻き込まれなかったら。きっと私は、この恋を素敵だと思っただろう。
でも現実は違った。この優しくて完璧な彼氏は、昨日の夜、私に「おやすみ、愛してる」とメッセージを送ってくれた人だ。
この食事は、本当に苦しかった。
ようやく食事が終わった時、和也が「まず彼女を家に送ってから、事務所に戻る」と言った。
事務所はうちに近いから、甘寧が私を和也の隣に押し出した。
「じゃ、私はここで帰るね。お兄ちゃん、事務所行く途中で言織を家まで送ってあげて」
和也は一瞬だけ、ほとんど分からないくらい小さく眉をひそめ、断ろうとした。でも、緋桐が笑顔で私の手を取った。
「一緒に行こうよ」
和也はそれ以上、何も言わなかった。
私も断るつもりだった。彼と彼女と私、三人だけの密閉された車内なんて、想像するだけで息が詰まりそうだった。
けれど、ふと思い直した。ここで恥をかくべきなのは、私じゃない。裏切られた私が、なぜ逃げなきゃいけないの?
私は、悲しんでもいい。怒ってもいい。でも――絶対に、逃げない。