黄金の鳥籠の灰第3話
第3話は約2,290文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
アドリアーノの帰還は早かった。
ドアのそばに置かれたスーツケースを一瞥したが、彼の視線がそこに留まることはなかった。
彼は夜会用のコートを着たまま、私の元へ歩み寄ってきた。葉巻とコロンの馴染み深い香りに混じって、ヴィヴィアナの香水のかすかな残り香が漂っている。
「セラフィーナ」
彼はそう言って、私の頬に手を伸ばした。
「なぜスマホの電源を切った?」
私は身を躱した。
「静かに過ごしたかったの」
宙に浮いた彼の手が止まり、やがて下ろされた。だが次の瞬間には再び距離を詰め、私の肩に腕を回してきた。まるで、この事態をまだ自分が完全に掌握しているとでも言うように。
「あのSNSの投稿で腹を立てているんだろう?」
私が何も答えないでいると、彼はそれを肯定と受け取った。
「ヴィヴィアナは毎日私の側で仕事をしている」
彼は落ち着き払った、ほとんど優しいとも言える声で言った。
「私のスケジュールを管理し、ファミリーの裏帳簿をつけ、政治家との裏取引も仕切っている。当然、組織の連中から一緒にいるところを見られることもある。だが、君が邪推しているような関係ではないんだ。
古参のファミリーたちが君のことをどう噂しているか、知っているだろう。彼らは、君が裏社会の掟を理解していないと見下している。くだらない嫉妬で彼らにこれ以上、無用なゴシップを与えないでくれ」
彼はなおも語り続けた。自分の都合の良い解釈で、この裏の世界の理屈を私に押し付けようとしている。
「クリニックでの出来事は本当に痛ましいことだった。君が悲しんでいるのは分かっている。だが、公の場でヴィヴィアナに恥をかかせたところで、何が変わるわけでもない。彼女は君のあのコメントに涙を流しながらも、必死に君を庇おうとしていたんだぞ」
その時、彼を見つめる私の心には、もはや痛みすら伴わないほどの鮮明な理解が広がっていた。彼は、自分のその言葉を心から信じ込んでいるのだ。私の緊急手術を意図的に遅らせたあの女が、夜通し私を庇っていたと。そして何より、私が大袈裟に騒ぎ立てただけなのだと、本気で信じているのだ。
「私は君に、何一つ不自由のない完璧な生活を与えているはずだ」
黙り込む私を見て、彼の表情が険しくなった。
「君がこのままヴィヴィアナを敵視し続けるつもりなら、私だって考えを改めざるを得ない。君は悲しんでいるのではなく、ただ権力を握りたいだけなのではないかとね」
そして、彼自身の非難の矛先を和らげるように、こう付け加えた。
「ショックだったのは分かる。少し休みなさい。あとはドンである私が処理しよう」
その言葉を聞いて、私は思わず笑い声を漏らした。
静かな笑い声だったが、それは彼を黙らせるのに十分だった。
私は部屋を横切り、ベッドの上にスーツケースを置いてジッパーを開けた。中に入っているのは、二着のセーター、ジーンズ、古いコート、パスポート、そして個人の書類が入ったファイルだけだ。他には何もない。
アドリアーノは眉をひそめた。
「一体何の当てつけだ?」
私はコートの袖に触れた。彼に出会う前に自分で買ったものだ。
「あなたは私に『何一つ不自由のない生活を与えている』と言ったわね」
私は淡々と答えた。
「でも、私があなたのこのペントハウスを出て行くのに、数日を凌ぐのがやっとの荷物しかないのよ」
彼の顔が強張った。
「馬鹿馬鹿しい」
「そうかしら?」
私は彼の目を見据えた。
「現金を動かすのもヴィヴィアナを通す。スケジュールを変えるのもヴィヴィアナ。夜間に車を出すのもヴィヴィアナ。ファミリーの晩餐会や資金集めのパーティー、身内の会合がある時だって、私が何を着るべきか、そもそもいつ私にその予定を知らせるかまで、すべて彼女が決めているじゃない」
私は息を吸い込み、ついに彼を凍りつかせる一言を放った。
「あなたのメイドたちがハンドバッグに入れている金の方が、私が持っている金よりよっぽど多いのよ」
彼が何か言い返そうとしたが、私はその袖を掴み、彼を更衣室の奥へと引っ張っていった。
鏡張りやオートクチュールのドレス、ジュエリーの引き出しを通り過ぎた一番奥に、ファミリーの裏金や監視が必要な貴重品を保管するための大金庫がある。私はその重厚な鋼鉄の扉の横にある、セキュリティパネルを指差した。
「さあ」
私は言った。
「開けてみて」
彼の視線が、暗証番号のキーパッドと私との間を行き来した。
「まずは暗証番号。次に指紋認証。そして階下のファミリーのオフィスからの遠隔解除。じゃあ、その最後の解除命令を承認する権限を持っているのは誰?」
彼は答えなかった。
「ヴィヴィアナよ」
私が代わりに答えた。
彼の顔に、初めて本物の戸惑いが浮かんだ。金庫を見つめ、それから私たちの周りを見渡し、まるで初めて別の角度からこの光景を見たかのようだった。
だが、その揺らぎはすぐに消え去った。真実がドンとしてのプライドを脅かす時、彼はいつだってそれを守るための言い訳に逃げ込むのだ。
「結局、そういうことだったのか」
ついに彼は口を開いた。
「マダムとしての『権力』が欲しかったと」
私の中に僅かに残っていた感情すらも、完全に冷え切っていくのを感じた。
彼は未だに、これがただの女の嫉妬だと思っている。私が一番彼を必要としていた時、彼が私の言葉を嘘だと決めつけ、信じないという選択をしたことが問題だとは、微塵も気づいていないのだ。
私は彼の袖から手を放し、一歩後ろへ下がった。
「あなたがどう思おうと、もう関係ないわ」
私は言った。
彼が目を細めた。
「セラフィーナ」
私はベッドから離婚協議書を拾い上げ、彼の前に突き出した。
「私たちの結婚は、これで終わりよ」