君を待つ理由を、雪に捨てた夜第2話
第2話は約2,155文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
シャワールームでお湯が出るのを待っている間、翔太のインスタがまた更新された。
【話題の新作フラペチーノ!とある人が俺のために1時間も並んでくれたけど、味は微妙。1口飲んで、残りはあいつにお持ち帰り】
この「とある人」とは、明らかにレンズに向かって微笑む柚葉のことだ。
俺は今まで知らなかった。極度の潔癖症で、俺と絶対同じコップを使おうとしない彼女が、他の男の飲み物を飲むなんて。
俺は小さくため息をつき、指を動かして「いいね」を押した。
そして、上司に電話をかけた。
「篠原社長。気が変わりました。例の海外プロジェクト、まだ引き受けられますか?」
電話の向こうからは驚きの声が漏れたが、それ以上に安堵の響きがあった。
「ようやく目が覚めたか、瀬谷君。このプロジェクトを成功させれば、帰国した暁には2階級特進を約束しよう。
それに海外への赴任はたった1年だ。俺を信じろ、本物の愛なら、1年離れるくらいどうってことないさ」
俺は笑みをこぼすだけで、反論はしなかった。
実際のところ、俺がこの仕事を引き受けると決めた時点で、俺の恋はすでに終わっていたのだ。
俺はゆっくりと熱いシャワーを浴びた。
バスルームから出ると、先ほどのインスタの投稿は消えていた。
俺は少し驚いた。どうやら翔太も、そこまで厚顔無恥というわけではなかったらしい。
突然、柚葉からの着信が鳴った。
嫌な予感がしたが、それでも応答ボタンを押した。
「わざと嫌がらせしてるの?
電話にも出ないし、メッセージにも返信しないくせに、翔太のインスタにいいねして当てつけがましいことするなんて」
彼女は早口でまくし立てた。俺に対して向けられたことのない、露骨に翔太を庇う響きがあった。
急に、どうしようもない徒労感がこみ上げてきた。
彼女に会いに行くために、1ヶ月間ぶっ通しで残業をこなしたというのに、結局こんな結末を迎えるとは。
「柚葉、君は一体、誰の彼女なんだ?」
彼女は言葉を詰まらせ、長い沈黙が流れた後、最後には失望したような口調で言った。
「どうしてそんなにすぐムキになるの?」
「柚葉……俺からあいつに話そうか?」
電話の向こうから、翔太のおどおどした声が聞こえてきた。
時計を見ると、夜の11時を回っていた。つまり、朝の8時から今まで、彼らはずっと一緒にいたということだ。
「いいわ。甘やかすとすぐ図に乗るんだから」
「でも、あいつは俺の親友だし……」
2人はごそごそと、何か低い声で相談していたが、やがて一方的に電話が切られた。
その手慣れたやり取りには、阿吽の呼吸とでも言うべき慣れが感じられた。
俺はここでようやく悟った。2人が一線を越えていた期間は、俺が想像していたよりもずっと長かったのかもしれない、と。
軽く仮眠をとったが、凍傷にかかった足の腫れはひどくなる一方だった。
俺は適当な傘を杖代わりにして、タクシーで病院へ向かった。
医師に患部の洗浄と処置をしてもらう間、俺は歯を食いしばって痛みに耐え、最後に薬をもらって帰宅した。
しかし、ドアを開けた途端、ふわりとした柔らかい体に抱きつかれた。
馴染みのあるジャスミンの香り。俺が呆気にとられて彼女を見つめていると、柚葉は機嫌良く笑った。
「あなたが無視するから、こっちから会いに来るしかなかったじゃない」
俺の目頭が熱くなり、何かを言おうと口を開きかけた時、柚葉は無造作に俺の持っていた薬を取り上げた。
「どうしたの?」
「足が凍傷になったんだ」
彼女は「へえ」と生返事をしただけで、その袋をテーブルの隅にポイと放った。痛みの程度はおろか、そもそもなぜ凍傷になんてなったのか、気にかける素振りすら見せなかった。
その時、柚葉のスマホが鳴った。あの神経を逆撫でするような着信音だ。
翔太が何を言ったのかは聞こえない。
だが柚葉は鈴を転がすように笑い、弾んだ声でこう返した。
「あんたが来いって言うんだから、行かないわけないじゃん」
心臓が鉛のように重く沈み込む感覚がした。先ほどわずかに芽生えた感動は、瞬時に跡形もなく吹き飛んでいった。
俺は足を引きずりながらテーブルのそばへ歩み寄り、シートから錠剤を押し出して口に放り込むと、水で一気に喉へと流し込んだ。
柚葉は電話を切ると、こちらへ歩み寄ってきて俺を背後から抱きしめた。
そして甘えるように言った。
「もう怒らないで。あの日、スマホをマナーモードにしてたの。後であなたが帰っちゃったって知って、私、一晩中辛かったんだから」
俺は自嘲気味に口元を歪めた。翌朝の彼女の弾けるような笑顔は、どう見ても一晩中落ち込んでいた人間のものには見えなかったからだ。
「それに、彼だってわざわざ遠くから何度か遊びに来てくれてるわけじゃない?だからさっさと観光案内を終わらせて、残りの時間はあなたに専念しようと思ってたのよ……」
俺は水を飲む手をピタリと止めた。
「あいつ、頻繁にそっちへ遊びに来てたのか?」
彼女は悪びれる様子もなくふふっと笑う。
「ヤキモチ?心配しないで。彼なんてガサツだし、私の方から願い下げよ。
たまに旅行の相棒をしてただけ。あなたがいつも仕事仕事って、全然構ってくれないからいけないのよ」
追求されるのが鬱陶しいのか、柚葉はシャワーを浴びてくると言ってさっさと背を向けた。バスルームへ向かう前、彼女は忘れずにスマホを手に取って持っていった。