夫が初恋と結婚し、攻略に失敗した私は彼を忘れた第2話
第2話は約1,462文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
秀夫が出て行ったあと、冷たい機械音のシステムボイスが、何度も耳元で響く。
「マスター。あなたに警告しておきますが、もし離婚すれば、あなたの攻略任務は失敗と見なされ、記憶を消去されます。絶対に承諾しないでください」
私はダイニングテーブルの前に座り、静まり返った部屋を呆然と見渡していた。
そのとき、スマホの通知音が鳴る。秀夫が、たった今インスタに投稿していた。
写真には、ケーキを抱えて笑う彼。写真の右下には、女の顔が半分だけ写り込んでいる。
【素敵な時間を、最高の人と一緒に】
公開範囲を指定している。明らかに、私に見せつけるための投稿だった。
ほんの横顔だけでも、すぐにわかった。依子だ。
自分でも、何を考えていたのかわからない。気がついたときには、私は病院へ向かっていた。
以前、秀夫から聞いていた。だから、依子がどの病室にいるかも知っている。
案内表示に従って病室の前まで来ると、急に胸がざわついた。
ドアを少しだけ押し開けると、中から会話が聞こえてくる。
「秀夫、今日は結婚記念日なんでしょう?それなのに、わざわざ私の誕生日を祝いに来てくれて……光悦、怒ってない?」
秀夫は、そばでリンゴを剥いていた。私の名前が出た瞬間、露骨に顔をしかめる。
「彼女の話はやめろ。気分が悪くなる。
そもそも、お前がいなくなったからだ。そうじゃなきゃ、光悦なんて娶るわけがない」
息が詰まる。彼は、そんなにも不本意な気持ちで私と結婚していた。
秀夫は、優しくリンゴを依子の口元へ運び、そのまま彼女を抱き寄せ、胸に顔を埋めた。
依子の瞳に、かすかな狡さが宿る。探るように、囁いた。
「秀夫……一番愛してる人、今も私?」
彼の手が一瞬止まる。
「依子。俺が誰と結婚しようと、どこにいようと、この心だけは、ずっとお前のものだ」
その光景に、胸が裂けそうになる。息をするのも苦しい。
痛みを必死に抑えながら、私は彼に電話をかけた。
着信画面を見た秀夫の顔に、一瞬の気まずさが走る。すぐに切ろうとした、その瞬間。
依子が素早く、通話ボタンを押した。
「……どこに行ったの?」
私はできるだけ、平静を装って問いかける。
「インスタ見てないのか?今は依子と一緒だ。邪魔しないでくれ」
苛立ちを含んだ声。
全身が冷えた。彼は、嘘ひとつつく気もない。
そして、彼の視界の外で。依子は、私に向かって勝ち誇ったように微笑んだ。
――最初から、気づいていたのだ。私に、すべてを見せるために。
彼女が身を寄せて、秀夫に何か囁く。次の瞬間、彼が勢いよく顔を上げ、こちらを見た。
「光悦!なんでここにいる?気持ち悪いな。尾行までして、隠れて盗み聞きか?」
見つかった気まずさなど微塵もなく、逆に、私を責め立てる。
胸は張り裂けそうなのに、口元には、思わず乾いた笑いが浮かんだ。
「秀夫……私と一緒にいたのは、妥協だった?我慢してたってこと?」
彼をまっすぐ見据え、一語一語、噛みしめるように問い詰める。
彼は一瞬、言葉を失った。私の異変に気づいたのか、目に疑念がよぎる。
その表情を見て、依子が絶妙なタイミングで口を開いた。
「ごめんなさい、光悦。私が帰国したせいで、二人の間に溝ができて……私、戻るべきじゃなかった。
秀夫、全部私のせい。あなたたちの邪魔をしたのは私。光悦を責めないで。怒るなら、私にして」
そう言って、彼女は私に向かって深く頭を下げた。いかにも哀れな姿。
――火に油を注ぐだけだ。
秀夫は、すぐに彼女を庇うように背後へ引き寄せた。その瞳にあるのは、私への憎悪だけ。
「そうだ。俺は無理してお前と結婚した。一度も、愛したことなんてない」