私も昔はぶりっ子だったもん第2話
第2話は約1,777文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
一睡もできないまま荷造りを終え、私はひとり、リビングで帰りの切符を予約していた。
ふいに、玄関のドアをたたく音がした。不思議に思って開けると、外から大きな花束がぐいっと突き出された。
「怜介、ぶりっ子ちゃんの機嫌の取り方、教えてあげる」
私は花粉にひどいアレルギーがある。花束を見た瞬間、とっさにドアを閉めようとした。
すると桃香が悲鳴を上げ、そのまま後ろへ倒れかかった。
「危ない!」
寝室から飛び出してきた怜介は私を押しのけ、桃香を両腕で抱き上げた。そして振り返り、私を怒鳴りつけた。
「紗和、いくらなんでもひどいだろ!」
アレルギーで息もできなくなっている私の姿は、目に入らないらしい。薬を見つけたときには、彼はもう桃香を抱えて病院へ向かっていた。
ようやく症状が治まってきたと思ったら、今度は下腹部に重い痛みが走った。不安になり、私もタクシーで病院へ行った。
検査結果を手にした医師は、眉をひそめた。
「妊娠しているのに、クロルフェニラミンを飲んだんですか。この薬は妊娠中には慎重に使う必要があります」
聞き間違いかと思って、私は固まった。
「……え?」
医師は検査結果を見せた。
「妊娠して1か月あまりです。1回飲んだからといって、必ず胎児に形態異常が出るわけではありません。念のため、検査を受けておきましょう」
思わずお腹に手を当てた。ここに、小さな命が宿っていたなんて。
スマホが震えた。怜介からだった。
【紗和、僕がすぐに動かなかったら、桃香は階段から落ちてたんだよ。このことは、必ず桃香に謝って】
返事はせず、私は医師に告げた。
「検査は結構です。中絶をお願いします」
「本当に、よろしいんですか?」
私は深く息を吸った。
「はい」
手術を終え、壁に手をつきながら、少しずつ歩いて外へ向かった。
ところがロビーで、怜介と出くわした。片膝をつき、桃香の足首を両手で包むようにして、もんでやっている。楽しそうに話していた2人は、私を見ると同時に笑顔が消えた。
桃香が、けがをしていないほうの足で怜介をつついた。
「謝らなくていいって言ったのに。見て、またか弱そうな顔してる」
怜介は眉を寄せた。
「紗和、いつも被害者のふりをしないと気が済まない?」
手の中の、中絶手術の診療記録を握りしめた。
「花粉のアレルギーまで、演技だと思ってるの?」
怜介は何かを思い出したように、わずかに表情を緩めた。
「桃香は紗和に花粉のアレルギーがあるなんて知らなかったんだ。よかれと思ってやったんだから、そんなに敵意を向けなくてもいいだろ」
私は彼の脇を通り抜けた。
「もうどうでもいい。私たちは終わったんだから」
そこへ、彼らの友人たちもやって来た。
「怜介のぶりっ子彼女をなだめるだけじゃなかったの?なんで病院にいるわけ?」
「怜介と友達でいるために、桃香も必死だよね。今まで、こんなひどい目に遭ったことなんてなかったのに」
「今、どこまで進んだ?ぶりっ子ちゃん、そろそろ家出するところ?」
そのうちの1人が、私のスマホを奪った。
「ほら、当たり!ぶりっ子ちゃん、実家に帰る切符を買ってる!怜介、これから必死に追いかけて、よりを戻してもらわなきゃね」
桃香は怜介を押しのけ、よろよろと立ち上がった。
「私、帰るね。やっぱり彼女のほうが大事でしょ。
ごめんね、ぶりっ子ちゃん。怜介のこと、もう怒らないで。これからは怜介のいる集まりには行かないようにするから。
早く切符を払い戻してきなよ。遅くなると、手数料取られちゃうよ」
スマホを奪った友人が笑った。
「桃香、元ぶりっ子なのに、そんなこともわからないの?彼女ちゃんは、怜介にも切符を買ってほしいんだよ。実家まで追いかけて、機嫌を取りに来るくらいの誠意を見せてってこと」
その友人は怜介を小突いた。
「早く予約しなよ、怜介。座席が埋まったら、新幹線の通路に立ったまま、彼女ちゃんをなだめることになるよ!」
怜介は怒りで顔をこわばらせ、私を見た。
「紗和、切符を払い戻して」
私は表情を変えず、スマホを取り返した。
「言ったよね。もう終わったの」
怜介が声を落とした。
「人がいるから、引くに引けないのはわかるよ。いい子だから、あとで切符は払い戻して。夜、家でちゃんと話そう」
返事をする気にもなれず、私は彼をよけて歩き出した。
彼が桃香と一緒に陰で私を笑いものにしたあの瞬間から、話し合うことなんて何も残っていなかった。