籠の鳥は飛び立つ、私は自由な夢路をゆく第3話
第3話は約1,552文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のうち最後の章です。第4話は公式アプリで続きます。
私がここを去ることは、誰にも隠してはいなかった。
翌日、荷物をまとめ、出立の準備を整えていると、庭先で怒りに震える実母と鉢合わせになった。
「殿下が間もなく即位なさるという、この大事な時に家出するつもり?
若いうちに子を儲け、地位を固めねばならぬ。それが家のためにもなるよ!
弟の科挙(かきょ)も間近に迫っているのだから、あの子の将来は、全てそなたにかかっているのよ!」
その浅ましくも必死な様が、私には何とも滑稽に映った。
十年前もそうだった。弟の将来のため、周家からの見返りのため。
私を厲王家に送り込み、私の人生を犠牲にしたのだ。
「それに、世子はまだ幼いじゃないか。これから皇太子になれば、そなたの世話が必要になる」
私が黙り込んでいるのを見て、母は口調を和らげた。
「親兄弟を見捨てるとしても、世子のことまで見捨てる気?
十年も育ててきた子じゃない?腹を痛めた子と何の違いがあるというの?」
ふっ……
「私は世子を我が子同然に、十年も心血を注いで育てましたが、あの子が私を母として慕ったことなど、一度でもありまして?
母上も同じです。弟の出世ばかりに現を抜かし、私もあなたの腹を痛めた娘だと、一度でも思い出してくださったことはありますか?」
母は言葉を失い、立ち尽くした。
遠くから、楽しげな笑い声が風に乗ってほのかな香りと共に漂ってきた。
数人の側室たちが東屋で詩を詠んでおり、その傍らには陸今安が座っていた。
「今日は吉事が重なりましたこと。世子様、私の詩はいかがでございましょう?」
「柔(じゅう)夫人は才色兼備、父上も絶賛される才女だ。
詩の出来も当然良い。どこぞの誰かのように、才も徳もなく、ふしだらで破廉恥、夜のお伽と厨でしか能のない女とは雲泥の差だ」
私は凍りついたように動けなくなり、胸がえぐられるようだった。
近しい者こそが、どこを刺せば最も痛いかを知り尽くしているものだ。
その卑俗で下劣な言葉は、これまで何度も耳にしてきたものだ。
「亡き王妃様と似た顔を良いことに、殿下を寝室から離さないなんて、恥知らずな」
「所詮は野暮な田舎娘、夜のお伽と、世子のために料理を作るくらいしか取り柄がございませぬ」
「女としてそこまで尽くしても、結局は側室すらもなれずにただの居候でしょう?」
あの頃、まだ物心つく前の陸今安は私の元へ駆け寄り、頬に口づけしてくれたものだ。
「あいつらは意地悪だ……義母上が好きだよ」
あの時「好きだ」と言ってくれた子が、今日、これほど軽蔑した目で私を見るとは、夢にも思わなかった。
才も徳もなく、ふしだらで破廉恥……
夜のお伽と厨でしか能がない……
私は滲む涙をこらえ、静かに母を見据えた。
「ご覧の通りです。殿下の寵愛を失い、世子にも疎まれる始末。私はもう役に立てませぬ。
母上の望みは叶えられませぬ、もうこれ以上、厲王家に留まるつもりは……」
パァン―――
乾いた音が響き、頬に痛みが走った。
口を開く間もなく、もう一発、平手打ちが飛んできた。
パァン!
「殿下の御心ひとつ、繋ぎ止められぬとは。
この役立たずめ!育てた甲斐もない!」
三発目が振り下ろされようとした瞬間、私は母を強く突き飛ばした。
母はよろめいた。
「この二発、甘んじて受けました。
一つは、十月十日の苦労への返礼。二つは、私を産み落とした恩への返礼。
あなた方の私欲のために、この厲王家で過ごした十年は、育ててくれた恩はもう返しました」
実家のために、親兄弟のために、私は女としての幸せをなげうち、尊厳など欠片もない生活を強いられた。
昼は誠心誠意、世子の世話をし、夜は抵抗することなく、慰み者にされ。
今まで、殿下と世子のために、心身の全てを捧げて参った。
もう誰にも何ひとつ負い目はございませぬ。
「ただ一人、申し訳が立たぬ相手がございましたら……
それは、私自身でございます」