籠の鳥は飛び立つ、私は自由な夢路をゆく第2話
第2話は約2,131文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
和やかだった空気は、瞬く間に凍りついた。
陸景行の顔から笑みが消え、怒りの色が浮かび上がる。
「今安はまだ子供だ。なぜ、そなたはそう執拗に責め立てるのだ。
女子の身でありながら、夫に逆らい、子を教え導けず、あまつさえ腹の子さえ守れぬとは。
自ら徳を失い、礼を欠いておるのだぞ。
余が罪を問わぬだけでも有り難いと思え!
なのに、何をそう騒ぎ立てておる?」
私が、騒ぎ立てているだと?
心は冷え切り、ただただ滑稽でならなかった。
この厲王家で、薄氷を踏む思いで過ごした十年。
私はひたすら身を低くして仕えてきた。
騒ぐなど、できようはずもない。
皇帝陛下は未だ皇太子を立てておられないが、厲王殿下が最も帝の覚えがめでたいことは、誰の目にも明らかであった。
そして厲王・陸景行と、周家の嫡女・周嘉月(しゅう かげつ)は、おしどり夫婦として京の語り草になるほどだった。
周家の勢いは、飛ぶ鳥を落とすほどであった。
皆、やがて厲王が即位し、周嘉月が皇后となる日を待ち望んでいたのだ。
だが天は味方せず、周嘉月は難産による出血で倒れた。
一命は取り留めたものの、病に伏せることが多くなり、ほどなくしてこの世を去った。
幼い世子は人見知りを始め、母の姿が見えぬと泣き叫ぶばかり。
周家は頼みの綱を失い、絶望の淵で、周嘉月と瓜二つの私に白羽の矢を立てたのだ。
嫁ぐ喜びに満ちていた私を強引に厲王家へ連れ込み、その夜のうちに片隅の部屋で寵愛を受けさせた。
「これがそなたの光栄だ」
厲王は私の顔に亡き人の面影を求め、周家は皇室との縁を引き続き繋ごうと図っていた。
両家の思惑は一致し、私は身代わりとして、陸今安が成人するまで世話をすることとなった。
私の意向など、誰も気にも留めなかった。
私の実の両親でさえ、本家からの手付金に目を輝かせ、満ち足りた顔だった。
滑稽なことに、厲王家にいた十年の間、私には名分もなければ正式な婚書もなく、まともな側室とさえ呼べぬ扱いだ。
私は帳に描かれた秋の景色をぼんやりと見つめ、しばらくしてようやく口を開いた。
「騒いでなど……おりませぬ。
奥向きに引きこもる身とはいえ、皇帝陛下の御寿命が残りわずかであることは存じております。
殿下は間もなく即位され、世子も立派に成長されました。
私など、もう用済みでございましょう。
それに……私は、殿下の側室ですらございません。
名も無き存在に過ぎぬのですから」
少し前までなら、腹の子を案じ、去るべきか否か迷っていたかもしれない。
だが、腹の子を失った今は、もう迷う理由など何もない。
「何事かと思えば」
陸景行は鼻で笑った。
「余に甘えて、側室の位をねだっているのか」
彼は私の腹に目をやった。
「まあよい。失った子の埋め合わせをしてやらねばな。
養生せよ。これより先、余の子を産むことを許してやる。
将来、そなたに嬪の位を授けて遣わそう……」
「……ご無用にございます」
嬪が何だと言うの。妃が何だと言うの。所詮は慰み者に過ぎない。
人としての尊厳など、微塵もない。
他人の身代わりとなり、性欲の捌け口とされ、息子の守り役をさせられる。
なぜ彼のために子を産み育て、このような惨めな日々を続けられようか。
私は腹の痛みを堪え、枕元の箱を開けた。
「この中には私が記した手記が入っております。
世子の幼き頃からの好みや禁忌、衣食住の全てを書き記しました。
これからは、より相応しい方がお世話をなさるでしょう。
殿下の仰る通り、私では教え導くことなどできませぬゆえ」
「周凌萱(しゅう りんせん)、余の寵愛を笠に着て図に乗るなよ!」
彼は箱を床に払い落とした。箱は音を立てて割れた。
「今安がいるにも関わらず、そなたに子を産ませてやるなど、余の格別な恩情があってこそだぞ!」
寵愛を笠に着る、だと?
その言葉を聞いた瞬間、極めて汚らわしいものを食わされたかのように、耐え難い吐き気が込み上げた。
「おえっ――」
私は身を屈め、吐き気を催し、えずいた。
「子を失ったばかりゆえ、大目に見てやる」
彼は口と鼻を覆い、嫌悪も露わに私を一瞥した。
「自室で頭を冷やすがよい」
私は赤くなった目で、怒って立ち去る彼の背中を見つめ、ついに涙がこぼれ落ちた。
厲王家に来た時、私も自分の運命を受け入れ、連れ添っていこうと思ったこともあった。
けれど……
「周家の祖母様の仰った通りだ。
父上の即位が近いと見て、よからぬ気を起こし、子を成し、地位を得ようと企んだのだな」
陸今安が戸口に立ち、冷ややかな眼差しを向けていた。
「母上の顔をして俺を世話してきたのは、このためだったのか。
この身の程知らずが!」
彼の言葉は刃のように、最大の悪意を持って深く突き刺さった。
私が十年、苦労して育て上げたことなど、完全に忘れ去っている。
私を厲王家に送った時、周家の夫人は誠実そうに言ったものだ。
「同じ周家の人間ではないか。そなたは分家とはいえ、嘉月とよく似ている。
心を込めて世子を育てれば、将来あの子は必ずやそなたを実の母のように敬うでしょう」
だが今、彼らは世子にこう吹き込んでいる。
「人の心とは分からぬもの。あの女はそなたの母君の顔をして、母君のものも、そなたのものも奪おうとしている」
夫は夫にあらず、子は子にあらず。
十年も尽くした私に、これが、その報いだというのか。