風のような愛、空ろな心第2話
第2話は約1,387文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
気持ちを整えて歩み寄ると、怜司が先に私に気づく。
彼の顔に浮かぶ驚きは一瞬で過ぎ、すぐに嘲るような笑みを浮かべる。
「どうした、たった一日で後悔したのか?離婚をやめてって頼みに来たのか」
私は手の裁縫箱をわずかに持ち上げる。
「呼んだのはあなたでしょ、私は来た。だから手続きに協力するだけ、言ったことを反故にしないで」
彼は慌ててスマホを操作し、履歴を見て一瞬だけ顔色を曇らせる。何か言いかけるより早く、かんなが前に出る。
彼の腕に絡みつき、柔らかく甘える。
「お兄ちゃん、私のドレスのえりぐりが大きすぎて手が出せなくて」
「じゃあ上着を着ろ」
怜司の注意はすぐそちらへ逸れる。彼はためらいもなく自分のジャケットをかんなにかける。その親密さに、周りの視線が集まる。
けれど――まるで離婚届に魔法でもかかっているみたいに、かんなの示威も、怜司の甘やかしも、私の心を少しも波立たせない。
逆に怜司は自分の所作に気づいたのか、珍しく私に弁解してくる。
「かんなは小さいころから俺たちのあとをついて回ってて、俺は……癖で」
「うん」
私は淡々とうなずき、そんな上っ面の言い訳を切る。
「じゃあ用はないね、私は帰る。二人で楽しんで」
「凪」
ドアに手をかけたとき、怜司が呼び止める。
彼は傘を掲げて早足で来て、私の頭上に差し出し、ぎこちなく鼻に触れる。
「明斗が外は雨だって、送るよ」
雨は強くないけれど、風にあおられてあちこちへ飛ぶ。
怜司は私の肩を抱き寄せ、体で庇う。
「熱が引いたばかりだろ、風邪をぶり返すな」
彼の視線が私の顔に落ちる。その眼差しは、驚くほどやさしい。
かんなが戻ってきてから、彼がこんな目で私を見るのは、いつ以来だろう。
でも――遅すぎる、怜司。
砕けた心は、もう元へは戻らない。
泥沼を抜け、茨をくぐって芽吹いた新しい心臓には、もうあなたの居場所はない。
私は素早く車に滑り込み、彼からいちばん遠い席に座る。
数日かけて、私は手元のオーダーをすべて仕上げる。
その日、いったん全クライアントに休業の連絡を入れ、アトリエを不動産サイトに出して、早めに家へ戻る。
ドアを開けると、内装業者が出たり入ったりしている。
シンプルだったリビングは、ピンク系で埋め尽くされたプリンセス城に変わり、カーペットまでハートのぽこぽこ柄に替えられている。
かんなは怜司に持ち上げられ、ドアの上へイルミネーションを取り付けている。
花柄だらけの子どもっぽいシャツを着た怜司が、滑稽に見えて、私は思わず笑ってしまう。
小娘はほんとうに全力で縄張りを示し、私を追い出したいわけだ。
そして切れ者の神谷の御曹司は――気づかないふりなのか、それともわざとなのか。
私に気づいた怜司はかんなを下ろし、気まずそうに咳払いして言い訳する。
「かんなはまだ妹分で、賑やかなのが好きだから、しばらくこっちに泊まるだけなんだ。気にするな」
妹?
二十代にもなって、キスまでできる「妹」ってあるのかな。
そんな無様な質問は、私は口にしない。
一度傾いた心は、何を言っても戻らない。
それに、これは元妻の私が口を出す筋合いじゃない。
私は肩をすくめて自室へ向かう。「私の部屋にだけは触れないで」
「凪、うどんを作ったんだ。一緒に食べるか」
私の平然とした態度に驚いたのか、それともかんながやりすぎだと本気で思ったのか、怜司が引き止める。
「今夜は宴会でろくに食べられないだろ。先に少し入れておけ」