五年愛した彼を捨て、私は私を取り戻す第2話
第2話は約1,620文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
その瞬間、5年間抱き続けてきた想いが、一気に冷めた。
私が最後の指を折ると、個室は不気味なほど静まり返った。
全員の視線が私に集まっていた。私がどう反応するのか、うかがっているのだ。
私はただ笑い、自分からグラスを手に取ると、酒を一気に飲み干した。
「私の負けね」
見かねた一人が、場を取りなそうとした。
「玲奈、もうやめなよ。今日の主役は光一と美月でしょう?今のはなしにして、もう一回やろう」
「そうだよ。仕切り直そう」
玲奈はその女性に眉を上げてみせ、無邪気な口調で言い返した。
「どうしてなしになるの?」
玲奈は光一の腕にしがみつき、甘えるように尋ねた。
「ねえ光一、勝ったのは私だよね?」
光一は困ったように玲奈の鼻をつまんだ。
「分かった、お前の勝ちでいい。このゲームだって、もともとお前が喜ぶから付き合ったんだ。何をしてほしい?」
玲奈は挑むような目を私に向けた。
「じゃあ今夜は家に帰らないで、私と日の出を見に行って」
グラスを握る手が止まった。
今夜は、私と光一が付き合い始めて5年目の記念日だった。
どれほど忙しくても、毎年この日だけは二人で過ごすと、彼は約束していた。
この5年間で、私も大切にされているのだと思わせてくれた、数少ない約束の一つだった。
光一は眉を寄せ、少し困った顔をした。
「別の日じゃだめか?今日は美月と過ごす約束なんだ」
「だめ!」
玲奈は不満そうに光一の手を取り、さらに甘えた。
「勝ったのは私なのに、約束を破る気?」
光一は眉間にしわを寄せ、ためらいがちに私を見た。
「美月……」
「行ってあげて」
立ち上がった私の心は、自分でも意外なほど静かだった。
「負けたんだから、仕方ないでしょう」
そう言って、彼を振り返ることなく個室を出た。
背後からは、すぐに騒がしい声が聞こえてきた。玲奈が光一に甘えているらしい。
私が負けを認められず、わけの分からないことで拗ねている、と言う玲奈。
それを「やめろ」と制する光一。
けれど、彼が口にしたのはそれだけだった。
追いかけても来なければ、私のために一言弁明してくれることもなかった。
私はふと笑った。
光一も、私が負けを認められないだけだと思っているのだ。
けれど彼は知らない。
私がもう要らないのは、このゲームだけではなかった。
彼と過ごした5年間の恋さえ、もう要らなかった。
……
その夜、私はまっすぐ家へ戻った。
光一のマンションから出ていくためだった。
スーツケースを出し、パスポートや服、アクセサリーを一つずつ詰めていった。
5枚目のセーターをしまおうとした時、クローゼットの中に見覚えのない薄いピンクのコートがあることに気づいた。
光一の服とぴったり寄り添うように掛けられ、まるでおそろいのように見えた。
私のものではない。
反対側の扉を開けると、私の服は壁際に押しやられ、光一の服との間には10センチ以上の隙間があった。
まるで、同じ家にいるだけの他人同士のようだった。
くっきり分けられたクローゼットを写真に撮り、光一に送った。
【このコート、誰の?】
しばらくして返事が来た。
【この前、玲奈がうちで食事した時に忘れていった。急ぎじゃないって言うから、適当に掛けておいただけだ。コート1枚くらいで深く考えるなよ】
その次に届いたのは、玲奈からの音声メッセージだった。
「美月さん、誤解しないでね。あの日は美月さんが会社で残業してたから、光一が疲れてるだろうし邪魔しないでおこうって言ったの。そういえば、光一が作ってくれた豚の角煮、本当においしかった。今度、美月さんも作ってもらったら?」
光一と付き合って5年になるが、彼が私のために料理をしてくれたことは一度もなかった。
以前、熱を出してベッドから起き上がれなくなったことがある。
卵雑炊が食べたいと伝えたのに、彼はデリバリーを頼んだだけだった。
私は短く返した。
【分かった】
そして、トーク画面を閉じた。
友人たちのグループチャットに、メッセージが届いた。
【光一、本当に玲奈と日の出を見に行ったのか?】