夫と別れた途端、夫と息子が土下座で戻ってきてくれと言い出した第2話
第2話は約879文字で、このサイトに収録された3章の冒頭章のひとつです。
一真は蛍を連れて会場を出ていった。颯太も当然のように、二人の後を追いかけていく。
私は彼らを止めなかった。ただ会場の隅に落ちていた指輪を拾い上げ、そのままゴミ箱へ落とす。
スタッフに片付けを任せ、私はひとり車を走らせて家へ戻った。
家に着くと、まず派手なドレスを脱いだ。
白いシャツに着替え、クローゼットからスーツケースを取り出して、淡々と荷物を詰め始める。
普通の夫婦なら、離婚を考える時には財産分与だの、慰謝料だの、親権だの、いろいろ整理するべきことがある。
でも私たちの場合、問題は颯太だけだった。
あの盛大だった時野家の結婚式で、当の二人が婚姻届を出していなかったなんて――誰が想像できただろう。
五年経った今でも、あの日一真が言い放った言葉が頭から離れない。
「千尋。俺の心も、戸籍も、全部悦子のものなんだ。
結婚式の日、後悔するぞ」
その時の一真は、どこか意地の悪い笑みを浮かべていた。
私はただの当てつけだと思っていた。
まさか本当に、式当日に悦子の遺影を抱えて現れるなんて、思いもしなかった。
一真は私を見下ろしながら、嘲るように言った。「千尋。俺と結婚したいなら、悦子の遺影と一緒に誓えよ。
俺の人生で妻になれるのは悦子だけだ。お前じゃない」
胸の奥が冷たく締めつけられて、息をするのさえ苦しかった。それでも私は一真を諦めきれなくて、式を挙げ、颯太を産んだ。
仕方なかった。
相手は一真だったから。十五年間、私のそばにいた一真だったから。
結婚してからの数年間、確かに仲良く過ごせた時期もあった。
私はまた期待してしまった。――いつか彼が私をちゃんと見てくれるんじゃないか、と。
でも結局のところ、一真はあっさりと私を切り捨てた。
もういい。一真も、颯太も、私には要らない。
スーツケースを引いて家を出た時、時野家の屋敷はひっそりと静まり返っていた。
まるで時野おばあ様が私を引き取って、時野家に連れてきたあの夜のように。
十五歳の一真が、本から顔を上げて、目を輝かせながら言った。「この本、すごく面白いよ。一緒に読まない?」
でも今の私は、もうあの頃のように誰かに迎えられることはなかった。